R∃SOLUTION
城を囲う壁の内部に、騎士団の屯所があると聞いた。散々迷った末に見つけたそれは、思ったより立派な建造物だった。
「何だ。また明日と言ったのに」
今日一日で大分聞き慣れた声とともに現れた女騎士は、いつ着替えたのか騎士服姿である。
白を基調にしたシンプルなそれは、彼女の雰囲気によく似合った。鎧よりは動きやすいのだと小さく息を吐いて、ヴィルクスは、僅かに土の色を帯びた長いズボンを軽く払う。
白いと汚れが目立つというのは言われるまでもなく知っていたが、汚れが煤けた色でないことに驚愕を覚えた。
それから、彼女は青いマントを近衛騎士限定品だと形容した。
リヒトが貸してくれと頼むと、そのうちなと笑う。ようやく、彼女が一端の人間であることに違和感がなくなった。
「ローブは着てこなかったんだな」
「ああ――何となく。狙われてる的なこと言ってたし」
肩を竦める。事実だというのに、言い訳がましく感じた。
目の前の女にそのことは伝わらなかったようで――或いは敢えて伝わらなかったこととしているのか、彼女は彼に賢明だとだけ告げた。
「フィルギアが言ってたから来たんだけど、肝心の本人はどこ行ったんだ?」
言われてから、ヴィルクスは腕を組んで眉根を寄せる。その動作だけで充分だった。
「いや、知らなきゃいいんだ。別に暇つぶしに来ただけだし。それよりさ、騎士団の奴って他にいねえの?」
「いなかったら恐ろしく手薄な警備だな」
「そりゃそうか。じゃ、俺と同い年くらいの奴っているか?」
しばらく考え込んでから、ヴィルクスはリヒトの前から姿を消した。数分のうちに戻ってきた彼女の横には、今朝方、門の前にいた騎士の姿がある。
金の髪に青い瞳の、一見すると女にも見えるような青年だった。
背はどう高く見積もっても百七十センチに達していないだろうし、顔もどちらかといえば童顔である。ただ、鎧を背負った肩幅は、明らかに男性のものだった。
彼は丁寧な一礼をすると、穏やかな微笑を湛えてリヒトを見詰めた。
「紹介する。ナレッズ・オルダリエだ。明日、城下を案内させようと思っていた奴なんだが、今日はもう遅い。本来なら団長に挨拶を――と言いたいところなんだが、あの方の近衛騎士としての任務を中断させるわけにもいかないだろう。暇をつぶす話し相手にはなるはずだ」
言って、ヴィルクスは踵を返した。
「忙しいのな」
「はい。ヴィルクスさんは実戦訓練も担当してくださっていますから」
にこやかに笑う青年の声は落ち着いていて、見た目からすれば落差があった。心の底でたじろぎながら、リヒトはそっかと返す。
「改めまして、お初にお目にかかります。ナレッズ・オルダリエです。本日は貴方様の案内という大役を仰せつかり、幸甚に存じます」
「ちょ、おい、ナレッズ?」
「――という挨拶を、ずっと練習していました」
「あ、そういうこと」
どうやら練習の成果を披露したかったらしい。青年は苦笑と共に肩を竦めて、英雄となるべき彼を見据えた。
緑がかった青い瞳は女騎士のそれとは違い、温厚さを感じさせる。
「なあ、ナレッズ。お前って幾つ?」
問うと、騎士は一瞬だけ驚いたように表情を崩してから、今年で二十になりますと答えた。
「あ、俺と同い年だ。じゃ、タメでいいぜ」
「いや、流石にそれは――騎士の本分から――」
「ヴィルクスだってタメ口だろー。それに敬語使われてたら、多分外で襲われるぜ? 俺」
その言葉には押し黙るしかなかったのだろう、ナレッズはしばらく、いやしかしと繰り返し、その後諦めたようにリヒトを見る。
「分かったよ」
「よっしゃ! こっちで友達の一人も出来なきゃやってけねえからさ」
「そっちが本音なんだろ」
「当然。さっきの言い訳はヴィルクスから教わった」
リヒトの笑顔に、ナレッズが苦笑を漏らした。
「何だ。また明日と言ったのに」
今日一日で大分聞き慣れた声とともに現れた女騎士は、いつ着替えたのか騎士服姿である。
白を基調にしたシンプルなそれは、彼女の雰囲気によく似合った。鎧よりは動きやすいのだと小さく息を吐いて、ヴィルクスは、僅かに土の色を帯びた長いズボンを軽く払う。
白いと汚れが目立つというのは言われるまでもなく知っていたが、汚れが煤けた色でないことに驚愕を覚えた。
それから、彼女は青いマントを近衛騎士限定品だと形容した。
リヒトが貸してくれと頼むと、そのうちなと笑う。ようやく、彼女が一端の人間であることに違和感がなくなった。
「ローブは着てこなかったんだな」
「ああ――何となく。狙われてる的なこと言ってたし」
肩を竦める。事実だというのに、言い訳がましく感じた。
目の前の女にそのことは伝わらなかったようで――或いは敢えて伝わらなかったこととしているのか、彼女は彼に賢明だとだけ告げた。
「フィルギアが言ってたから来たんだけど、肝心の本人はどこ行ったんだ?」
言われてから、ヴィルクスは腕を組んで眉根を寄せる。その動作だけで充分だった。
「いや、知らなきゃいいんだ。別に暇つぶしに来ただけだし。それよりさ、騎士団の奴って他にいねえの?」
「いなかったら恐ろしく手薄な警備だな」
「そりゃそうか。じゃ、俺と同い年くらいの奴っているか?」
しばらく考え込んでから、ヴィルクスはリヒトの前から姿を消した。数分のうちに戻ってきた彼女の横には、今朝方、門の前にいた騎士の姿がある。
金の髪に青い瞳の、一見すると女にも見えるような青年だった。
背はどう高く見積もっても百七十センチに達していないだろうし、顔もどちらかといえば童顔である。ただ、鎧を背負った肩幅は、明らかに男性のものだった。
彼は丁寧な一礼をすると、穏やかな微笑を湛えてリヒトを見詰めた。
「紹介する。ナレッズ・オルダリエだ。明日、城下を案内させようと思っていた奴なんだが、今日はもう遅い。本来なら団長に挨拶を――と言いたいところなんだが、あの方の近衛騎士としての任務を中断させるわけにもいかないだろう。暇をつぶす話し相手にはなるはずだ」
言って、ヴィルクスは踵を返した。
「忙しいのな」
「はい。ヴィルクスさんは実戦訓練も担当してくださっていますから」
にこやかに笑う青年の声は落ち着いていて、見た目からすれば落差があった。心の底でたじろぎながら、リヒトはそっかと返す。
「改めまして、お初にお目にかかります。ナレッズ・オルダリエです。本日は貴方様の案内という大役を仰せつかり、幸甚に存じます」
「ちょ、おい、ナレッズ?」
「――という挨拶を、ずっと練習していました」
「あ、そういうこと」
どうやら練習の成果を披露したかったらしい。青年は苦笑と共に肩を竦めて、英雄となるべき彼を見据えた。
緑がかった青い瞳は女騎士のそれとは違い、温厚さを感じさせる。
「なあ、ナレッズ。お前って幾つ?」
問うと、騎士は一瞬だけ驚いたように表情を崩してから、今年で二十になりますと答えた。
「あ、俺と同い年だ。じゃ、タメでいいぜ」
「いや、流石にそれは――騎士の本分から――」
「ヴィルクスだってタメ口だろー。それに敬語使われてたら、多分外で襲われるぜ? 俺」
その言葉には押し黙るしかなかったのだろう、ナレッズはしばらく、いやしかしと繰り返し、その後諦めたようにリヒトを見る。
「分かったよ」
「よっしゃ! こっちで友達の一人も出来なきゃやってけねえからさ」
「そっちが本音なんだろ」
「当然。さっきの言い訳はヴィルクスから教わった」
リヒトの笑顔に、ナレッズが苦笑を漏らした。