スイート・プロポーズ
その後、夏目の口から海外転勤の話は出なかった。
やはり、噂は噂。気にならないと言えば嘘になるが、この事は忘れた方がいい。
そう決めることにした。

「3分ーーいえ、5分待っててください」

折角だから、夏目を部屋に招待することにした。
だが洗濯物は干しっぱなしだし、ベッドは起きた時のまま。
夏目を部屋の外に待たせ、円花は自分でも驚く程のスピードで洗濯物を取り込み、ベッドを整え、床に散乱した雑誌や本を棚へ押し込む。

「大丈夫、よね?」

人をーー恋人を招いても問題ない部屋になったはず。最終チェックを済ませ、円花は夏目を部屋へと招き入れる。

「狭いですがどうぞ。コーヒー淹れますから、座っててください」

夏目の部屋よりは確かに狭い。
だが、ここは自分の【城】だ。少し大きすぎるかと思った冷蔵庫も、一目惚れして買ったテーブルも、とても気に入っている。

「どうぞ」

「ありがとう」

マグカップを受け取り、夏目は笑顔で口をつける。日頃から淹れているので、夏目がブラックなのは心得ている。
円花もコーヒーを一口飲み、どうしたものかと考え込む。
夏目を部屋に招待したのはいいが、なんのプランもない。お昼も過ぎたことだし、昼食をごちそうするのはどうだろう?

「お昼、私が作ろうと思うんですが……いいですか?」

「断る理由はないな。……本棚見ても?」

「どうぞ。部長のトコみたいに、立派なものじゃないですけど」

円花はキッチンへ向かい、夏目は本棚へ近づく。


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