スイート・プロポーズ
ーーー……。

 円花が残業に勤しむ頃、夏目は馴染みのバーにいた。隣にはセクシーな美女ではなく、悪友の姿。

「結論は出たか?」

 ブランデーの入ったグラスを置き、史誓が真剣な面持ちで尋ねる。今夜、飲みに誘ったのは史誓のほう。海外転勤の話をしたのは、他ならぬ彼なのだ。春に打診して今まで、ずっと答えを待っていた。
 だが、夏目は一向に答えを出さないまま。耐えかねた史誓は、今夜答えを聞くつもりでいる。

「……正直に言えば、断りたいと思っている」

「……理由は、彼女か?」

 史誓の問いに、夏目は無言のままだ。
 だが、沈黙は肯定と同じ。史誓はため息をつくと、再び夏目を見る。

「待ってもらえばいい。分かってるか? これは、お前が取締役に就任させるための布石なんだ」

「適任者は他にいるだろ」

 車で来ているので、夏目が口にしているのは炭酸水だ。少し表情が暗いように見えるのは、照明のせいだろうか?

「お前を俺の右腕にするために、うちの会社へ誘ったんだ。忘れたのか?」

「覚えてるよ。よく、覚えてる」

 炭酸水を口に含み、夏目は過去を思い出す。知り合った当初から、史誓の目的は変わっていない。社長である実の父親は引退させ、幹部陣もそれと同時に清算するつもりでいる。

「無能な幹部がはびこっていれば、会社はいずれ傾く。そうなる前に、俺はあの古狸からすべてを奪う。その為には、信頼できる右腕が必要なんだ。金で雇った人間は、所詮、金で繋がっているだけだからな」

 そう語る史誓の言葉は、はじめて聞いたわけじゃない。学生の頃、何度も聞いた。
 あの頃、就職先は決まっていなかったし、史誓があまりにも熱心に誘うものだから、夏目の方が折れてしまったのだ。

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