スイート・プロポーズ
「使わなきゃもったいないだろ。知ってるか? 日本人は有給の消費率が世界で1番低いんだぜ」

「知ってます」

 確かに、有給はほとんど使わない。溜まっていく一方だ。
 円花は立ち上がると、服装の乱れを直す。

「なぁ、例の件はどうなった?」

「例の件?」

 広報部へ向かいながら、円花は倉本の話に首を傾げる。

「部長の海外転勤だよ。なんか聞いてないか?」

「知りません」

 本当は、誰よりも知っている。
 多分、円花の行動次第で、この話がどちらへ転ぶのかが決まる程に、よく知っている。
 それを思うと、更に悩みが深くなってしまう。

「倉本さんは……行って欲しいと思ってるんですか?」

「そりゃあ、行って欲しいさ。寂しい気持ちも確かにあるけど、出世のチャンスだしな」

「そう、ですか」

 やっぱり、みんな行って欲しいと思ってる。
 それなのに、夏目は自分を思って断ろうとしているのか……。

(複雑な心境だわ)

 そこまで大切に思われているのは、嬉しい。
 けれど、自分のために出世の機会を失ってしまうのは申し訳ない。夏目の実力なら、今後も出世の機会は巡ってくるだろう。現に、若くして部長の地位に就いたのだから。
 でも、この海外転勤を受ければ、もっと早く出世できる。史誓の望む通りに。

「…………」

「暗い顔だな。そんなに気になるなら、部長に聞いてくれよ。俺も気になるしさ」

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