スイート・プロポーズ
 何も知らないから、倉本は軽い調子で言ってくる。仕方ないと分かってはいても、胸ぐらを掴んでこの悩みを叫んでしまいたい。

「あの、倉本さんには彼女さんがいますよね?」

「いるよ」

「もし、倉本さんが夏目部長と同じ立場だったとしたら、彼女さんをどうしますか?」

 そう、一緒に行こうと言うのか、待っていてと言うのか。
 もちろん、夏目のように断るという選択肢もある。円花自身は答えを出せずにいるが、他の人はすんなりと答えを出すかもしれない。

「なんでそんな事……」

「どうしますか?」

 これだけは、聞いておきたい。円花は立ち止まり、倉本を睨みつける。

「あ〜……一緒にいてくれたら、嬉しい、かな。ほら、慣れない土地だし、側に安心できる人がいてくれると、仕事も頑張れるだろ? けどーー」

「けど?」

「来て欲しい反面、慣れない土地だからこそ、日本で待っていて欲しいとも思う。恋人だけど、彼女には彼女の生活があるわけだし……なんだよ?」

「いえ、意外と真面目に答えてくれたので……」

 もっと茶化したような答えを想像していたのに、倉本はきちんと答えてくれた。
 それが本当に意外で、円花はうつむく。

「なぁ、大丈夫か?」

「……はい」

 倉本の意見を聞いて、円花は更に分からなくなっていた。突き付けられている問題はひとつしかないのに、答えは複数ある。
 しかも、そのどれもが正しいのだ。間違いなんて、ない。
 だから、こんなにも悩むのだ。数式のように、答えがひとつなら、こんなにも悩まないののに。

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