スイート・プロポーズ
 約束の時間、夏目は仕事が片付いてもオフィスに残っていた。お昼、円花からのメールを見たが故だ。“話があります”、と言うメールを見た瞬間、なんの話か予想は容易にできた。
 夏目自身、話すタイミングをうかがっていたから、断る理由もない。

「あ、お疲れ様です」

 ファイルを抱えた円花が、オフィスへと戻って来た。夏目はデスクから顔を上げ、円花を見つめる。

「ここのコピー機を使えば良かったんじゃないのか?」

「倉本さんが使ってましたし、たくさんコピーしようとすると、最近紙が詰まるんです。修理してもらった方がいいかもですね」

 コピーした用紙を自分のデスクに置いてから、持ち出したファイルを棚へ戻す。
 こうして仕事関係の話をするだけなら、いつも通り。

「どうせなら、新しいコピー機が欲しいですよね」

「ーー円花」

「…………はい」

 この後に及んで、まだ先延ばしにしようとする自分が情けない。
 円花は手にしたホッチキスをデスクに置き、夏目を見据える。

「話をした方がいいと思ってた」

「……この間は、すみませんでした。部長の話も聞かないで……」

「いいんだ。気持ちは分かる」

 円花が視線を泳がせているのに対し、夏目は真っ直ぐにこちらを見ている。
 多分、答えが決まっているからだろう。

「その、考えてみたんです。自分の気持ち、とか」

「そうか。……答えは、出たのか?」

「正直、分からないままです。自分がどうしたいのか……」

 自分のことなのに、ちっとも分からない。
 もしかしたら、自分のことだから分からないのだろうか? 客観的に、考えられないから。

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