スイート・プロポーズ
「あ、美琴!」

 逃げるように足を早める美琴を、円花が笑顔で追いかける。軽い仕返しは、成功したようだ。
 それが嬉しくて、笑顔がしばらく消えなかった。




 円花が笑顔で美琴を追いかけている時、夏目は専務室にいた。秘書が持って来てくれたコーヒーに口をつけながら、応接用のテーブルに置かれた資料に視線を落とす。用意周到と言うべきか、史誓は既にアメリカ支社の資料を用意していた。

「知っていると思うが、向こうはあまり業績が良くない。化粧品の質は問題ないんだが、担当者の腕が悪いみたいでな」

 ファイルにまとめられた資料は、中々に分厚い。自宅に持ち帰って、目を通そう。

「2年って言うのは、俺が勝手に想定しただけだ。状況によっては、伸びる可能性もある」

「聞きたいんだが、何故アメリカなんだ? アジア進出は視野に入れて無かったのか?」

 中国市場に進出する他社も多い。
 その中で、ミルフルールはアメリカ進出を狙っているようだ。

「アジア進出は、既に上層部で話に上がってる。そっちは社長が進めてるみたいだから、俺は別方向で実力を示さなきゃいけないわけだ」

「親子ゲンカに巻き込まれるわけだな、俺は」

 資料をパラパラとめくりながら、夏目はコーヒーを飲む。
 さすがは専務室のコーヒーだ。給湯室の豆とは、香りも味も違う。

「それは言うな。あ、そのページからは向こうで扱ってる商品だ」

 史誓曰く、アメリカでは二通りのパターンを考えているそうだ。セレブ向けの商品と、アメリカのティーン向けの商品。セレブ向けの商品は、パッケージから高級感を出しており、ティーン向けは可愛らしいパッケージとなっている。

「素材は悪くないんだよ。宣伝だと思う、問題は」

「向こうの担当者とは、話せるのか?」

「これが連絡先だ」

 本当に準備がいい。渡された名刺を受け取ると、史誓がファイルの1番最後のページまでめくる。
 そこには、アメリカ支社の社員名簿があった。

< 272 / 294 >

この作品をシェア

pagetop