スイート・プロポーズ
 いつだったか、倉本とそんな話をしたのを思い出す。

「確かに、有意義だな。……指輪を、贈ろうと思ってた。俺を待っていてほしいから」

 けど、買わなかった。指のサイズが分からなかったし、何よりも目に見える繋がりを求める自分が、情けなく思えたから。

「私、指輪なんか無くても、部長を……優志さんを待ってますよ」

「あぁ、そうだよな。だから、指輪を贈るのはもう少し待つことにするよ」

 世界で1番ーーとは、恥ずかしくて言えないけれど、君が泣いてしまうくらいに素晴らしい指輪の贈り方を考える。
 そのための2年だと思えば、耐えられると思う。

「あ、忘れるとこでした。コレ、どうぞ」

 丁寧にラッピングした箱を、夏目に手渡す。昨日、人生ではじめて作った、手作りのバレンタインチョコだ。失敗作は、今朝の朝ご飯にした。

「ありがとう。……じゃあ、行ってくる」

「はい、行ってらっしゃい」

 円花は笑顔で、夏目を見送る。大丈夫。泣かないと決めたし、泣いたらメークが崩れてしまう。
 だから、絶対に夏目の前では泣かない。負けず嫌いで、強気な自分を前面に出す。

「…………っ」

 やがて、夏目が見えなくなっていく。
 きっと、夏目も円花は見えないだろう。
 そうして、円花はようやく涙を我慢することをやめた。

「ん」

「……ありがと」

 一緒について来てくれていた美琴が、ハンカチを差し出してくれる。気を使って、ずっと隠れていたのだ。
 夏目は、美琴がいるなんて気づいてもいないだろう。

「あ〜あ、ぐちゃぐちゃじゃない」

 声を抑えて泣く円花の顔を見て、美琴が笑う。
 しっかりと施したメークが、台無しだ。

< 286 / 294 >

この作品をシェア

pagetop