スイート・プロポーズ
 その日は8月の初旬、夏の暑さは最高潮の良く晴れた日。円花は仕事で、とある教会に来ていた。

「あ〜、私も結婚した〜い!」

 突然聞こえた叫び声に、円花は思わず振り返る。背後に立っていたのは、梨乃だった。

「きゅ、急にどうしたの?」

 今まで大人しかったのに、どうして急に叫びだしたのだろう?

「だって、教会ですよ? 結婚式ですよ? そりゃ、結婚したくなりますよ〜」

「花嫁さん、綺麗だものね」

 今日は、ミルフルールの新作を宣伝するための撮影日なのだ。売り出すのはファンデーション。秋の新作で、イメージは大人の魅力を感じさせる商品。狙っているのも、若い女性ではなく大人の女性。
 なので、新婦役のモデルも落ち着いた雰囲気の女性となっており、本当に綺麗だ。
 今日は雑誌用の写真撮影なので、そんなに時間はかからないと踏んでいる。

「小宮さんはいいですよね、部長がいますから」

 梨乃はそう言って、恨めしげな目を向けてくる。
 それを言われると、何も言えなくてなってしまうから、困る。

「きょ、教会で撮影なんて、素敵ですよね! でも、結婚式をテーマにするなら、ジューンブライドの方が良かったんじゃ……」

 場の空気を変えようと、波奈が話題を振ってくれた。

「飯沼部長と話し合って、決めたの。確かにジューンブライドってイメージが強いけど、秋に結婚式をする人も多いのよ。ほら、秋は他の季節に比べて出費も少ないし、気候も涼しいから」

 広報部の新しい部長は、大阪からやって来た飯沼と言う男性だ。気さくな男性で、今はもう広報部の中心人物となっている。

「夏目部長、早く帰って来ないかなぁ。小宮さん、何か聞いてません?」

 機嫌を直した梨乃が、円花に再び問いかける。

「特には何も、聞いてないわ。あ、撮影再開よ」

 話を切り上げると、円花は撮影に意識を向ける。梨乃達も、口を閉ざして静かになった。

(言えないわ……部長からの連絡がない、なんて)

 綺麗な笑顔を浮かべる花嫁が、円花は少しばかり眩しく見えた。

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