私が少女だった頃
藤棚
藤棚って漢字も書けないくせに……。
なんて、目の前で藤の花へ手を伸ばしている男子に向かって心の中で呟いた。

私の苗字は佐藤で、男子の苗字は木下。

木下の苗字に使われている二文字は小学1年生で習うけれど、私の苗字に使われている二文字は未だ漢字ドリルで習っていない。

だから木下は私の名前を「さとう」なんてひらがなで書く。

「また怒られちゃうよ」

私が声をかけると、木下は「ちぇー」と口を尖らして木から降りて来た。

半袖のTシャツから伸びる彼の腕はひょろりと長くて、何でも掴んでしまう。
ドッジボール、バッタ、高いところの本、それから小さな夢。
なのに彼は、藤の花にだけは手が届かない。

藤は木下よりもずーっとずーっと高いところにあって、「よくできる子ども」だなんてちっぽけな存在は相手にもしていないんだ。
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