私が少女だった頃
雨の痕の腫れ
「佐藤さん、先生が呼んでたよ」
7月に入って蒸し暑い日が続いていた。
教室の窓は開け放たれて、生ぬるい風が教室へと流れ込んで来る。
下敷きで顔を扇いでいたら、あまり親しくない子に声をかけられた。

「先生って、誰先生?」
「音楽の熊先生」

音楽室の扉を開けると、熱気と木の匂いがむっと鼻についた。
50代を超えた既婚女性である熊先生は、ピアノの椅子に座って私を待っていた。
「やっぱり綺麗ね佐藤さん」
そうかすれた声で言われ、私は返答に困りながら中へと入って扉を閉めた。
「先生の好きな韓流女優にとてもよく似ているのよ、佐藤さん。
あなたが歌っているところを見る度に、先生あのドラマを思い出しちゃう」

先生の好きなドラマが不倫を題材にしたエロティックなものであると知ったのはつい最近のことで、私に似ていると言われる女優が演じるのは主人公が通い詰めるキャバクラのナンバーワンホステスだった。
正直、いい気分はしなかった。

大人になった自分はあんな姿になるのだろうかと、ぐるぐるに巻かれた茶髪や下品に塗りたくられた真っ赤な口紅を見て悪寒が走った。


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