私が少女だった頃
ピアノの鍵盤は重くて、肩に力を入れないと私は音を出すこともできなかった。

背筋を伸ばすことを躊躇うのは、背後に先生が立っているからだ。
先生の息遣いがヒシヒシと伝わって来て、何度も私はミスをした。
少しでも音を間違えるとピシッと手を叩かれて、それから大げさなため息が聞こえて来る。

こんなことくらいで幻滅されるのは嫌だ……そう思えば思うほど緊張からか手は上手く動かなくて、指がもつれた。

--嘘ついたら飼育小屋のウサギのフン飲ーます。

そんなことを言って切った小指が、特に動かなかった。
感覚すら、すでになくなっていた。

「佐藤さん、あなた木下君のことが好きなんでしょう」

先生から言われて、私はピアノを弾く手を止めた。

「正直、あなたたちは一緒にいるべきではないと思うの。
佐藤さんは優秀だしおしとやかだし、きっとこのままいけば素敵な人生を送ることになるけれど。
木下君はそんなあなたの足を引っ張るんじゃないかしら」

「そんなこと、ないです……」

先生たちから評判がよくない野生児な木下だ。
あまり大々的にかばえないことも事実。
私自身、彼と一緒にいることをよく疑問に思っていた。
保育園の頃からの仲とは言え、一緒にいるようになったのは本当に最近のことだったから、私は彼のことをほとんど何も知らない。
< 7 / 8 >

この作品をシェア

pagetop