とっておきの恋
「エリちゃん」

安部くんのきれいな手があたしの唇にそっと触れた。

「黙って。俺の話も聞いて」

そう言った。

「中学の頃、俺と松原は付き合ってたんだ。ほんの一時期だったけど、ある事件が起こってすべてが終わった」

あたしはぼうっとしたまま安部くんの顔を見ていた。

安部くんはいつもよりちょっと怖い顔で、どこを見ているのかわからない。

「あの頃、まだ付き合ったばかりで日曜日初めてのデートの約束をしたんだ。松原には6才下に妹がいて、その子が出かけようとした松原に一緒に連れてってってせがんだ。でもデートだし、さすがに妹は連れて行けないって思ったんだろう。松原は妹に嘘をついた。『ちょっと買い物に行くだけだから、帰ってきたら遊んであげるからって』そう言って、松原は家を出た」
< 150 / 203 >

この作品をシェア

pagetop