モノクロ
……そういえば、こんなこと、前にもあったような……。
ふと、一番最初に先輩とこうやって飲みに行った時のことを思い出した。
あの時は好きな人の話になった時に先輩の様子がおかしくなったんだよね……。無理にお酒を流し込んだりして……。
……今日も同じってこと? ……もしかしなくても、先輩は今、さっきの“ともみ”さんって人のことを考えてるの……?
先輩がグラスを揺らすのを止め、ゆるりと目を閉じた。
「……何でだろうな。……やっと、名実ともに他人のものになって解放されると思ったのに……ずーっと忘れらんねぇの。忘れたいのにな……」
「……」
「……でも……、」
少しずつ小さくなっていく先輩の声が周りのざわつきに埋もれていき、ついには私まで届かなくなってしまった。
……「名実ともに他人のもの」。
先輩の言葉に、やっぱり“ともみ”さんが先輩をこんな風にさせている理由なんだと確信する。
……そして、“子供”の父親は先輩ではないことも。
予想するに、電話の相手の“けいと”さんと“ともみ”さんが結婚していて、ふたりの間に子供がいるんだろう。
つまり、先輩が好きなのは結婚している人だったってことだ……。
そう気付くと、今まで聞いてきた先輩の言葉がパズルのようにカチカチとはまっていき、この結論に繋がった気がした。
彼女のことを忘れるためなら「誰でも良かった」なんて思ってたことにも、納得がいく。
今でも忘れられないほど、今でもこんな風に苦しむほど、“ともみ”さんのことが好きなんだ……。
先輩の心は、ここにはない。
「……っ」
先輩の気持ちとか、自分の気持ちとか、いろんな想いがぐちゃぐちゃになって、苦しい気持ちが襲いかかる。
前を見ていられなくて俯いた途端、私の目からパタッと涙が零れ落ちた。
はっとして涙を拭い先輩のことを見たけど、先輩は相変わらずテーブルの上に頭を乗せたまま目を閉じている。
意識を失ってしまったのかと一瞬驚いたけど、規則正しく寝息をたてていて、寝てしまっただけだとほっと胸を撫で下ろした。
……それに、良かった。私の涙は先輩には気付かれてない。
先輩が起きるまでには、ちゃんと笑顔になっていなきゃ。
先輩を少しでも元気付けられるように、私は笑顔でいたいから。
ふぅと息をつき、私はグラスに少し残っていた梅酒を飲み干した。