モノクロ
……居酒屋でうとうとと寝てしまっていた先輩がむくりと起きたのは、あの後30分ほど経った頃。
起きたかと思えば、先輩が寝ている間に私が頼んでちびちび飲んでいた梅酒をさっと奪い、ぐいっとあおった。
先輩の行動に慌てたけど、様子を見ていると酔いがさめているように見えたから、ここぞとばかりにお開きを申し出たのだ。
これ以上は飲ませられないという私の判断だった。
タクシーで帰ることにして、繁華街からほど近い私のマンションに先に送ってくれることになったところまでは良かった。
タクシー代を払ってくれると先輩が言い張るのでお言葉に甘えてタクシーを降りると、あろうことか、先輩は私と一緒にタクシーを降りてしまったのだ。
もちろんタクシー代はちゃんと払ったらしく、タクシーは次の客を探しに夜の街へ去っていった。
たちの悪い酔っぱらい、つまり先輩はタクシーを降りた後、私の服をつんと引っ張って「俺、帰りたくない」と子犬のような瞳で訴えてきた。
そんな姿に胸がきゅんとしてしまったことは言うまでもないけど、先輩はもう酔っていないから大丈夫だろうとたかをくくっていた私の考えは甘かったらしい。
「早くさきこんち、行く。帰りたくない」
「……。」
先輩はこのセリフを言い続けていた。
万が一恋人同士だとしたら、胸キュンしまくるセリフだろう。
これからどんな甘い時間が待ち受けてるの、って。
でも、この状況ではムードの「ム」の字もありゃしない。
書き始めの点すら、どこにも。
それなりに拒否はしているけど先輩のことを突っぱねられずにいるのは、帰りたくない理由がきっと、先輩の好きな人にあると思うから。
もしかしたら一人になりたくないという想いからなのかもしれない。
好きな人に想いが届かない寂しさは私もよく知っていることもあって、強くは言えなかった。
……って、私の寂しさの原因は先輩なんだけど!
今だって私にピッタリとくっついて私の部屋に行くとは言っているけど、それは私の寂しさを埋めるためなんかじゃない。
どう考えても、先輩は私に対してやましいことをしようなんて気持ちは1ミリたりとも持っていないのだ。
っていうか、それなら三神さんのところに行こうと思わないの?
だって、今先輩が付き合ってるのは三神さんだよね……?
何の心配もないとは言え、人様の恋人を部屋に連れ込んでもいいものだろうか……。
いろんな葛藤と戦っていると、先輩が私の顔をじっと覗き込んできた。
「……俺のこと、見捨てる?」
うぅ……っ。キラキラ光線が……っ。こんなの、勝てるわけないじゃない……!
変なことも起こらないだろうし仕方ない、と私は大きく息をついた。
「……もう、わかりましたよ。散らかってますけど、文句言わないでくださいよ? ここからはちゃんと自分で歩くこと!」
「はーい!」
「……。」
まるで子供返りしてしまったような先輩に、私はもう、それ以上は何も言えなかった。
……きっと、梢ちゃんの方が何倍も聞き分けがいいと思う。