モノクロ
駅近くの繁華街に入り、先輩が足を踏み入れたのはあるコーヒーショップ。
全国的にも人気のコーヒーショップで、いつ来てもレジにはたくさんの人が並び、店内も賑わっているお店だ。
「先輩、そんなにコーヒーが飲みたかったんですか?」
「いや。こっち」
何の迷いもなく店に入った先輩に質問を投げ掛けたけど、私の予想は外れたようだった。
先輩は10人ほどの列が出来ているレジを横目に、お店の中にあるコーヒー豆やお菓子、タンブラー、コーヒーメーカーなどが売られているコーナーへと向かい、ようやく立ち止まってくれた。
「これ。さきこにどうしても見せたくてさ。いつか機会があったら連れて来ようって思ってたんだ」
「へ? 何ですか?」
「わかんねぇ? ちゃんと見ろよー」
「えぇっと……」
まだ笑顔を見せてくれない先輩の言葉と指差しに促され、商品の並ぶ棚を見ていく。
あるものが目について、私は息をのんだ。
「嘘……っ。何でここに」
私の目に映るのは、コーヒーを題材にした文庫本とともに並べられているブックカバー。
それは私が見慣れているデザインのものだった。
「こういう店ってさ、ふらっと立ち寄って休みがてらちょっと読書して、ふらっと出て行く客が多いだろ? そこに目をつけて、ブックカバーを置いてもらえないかって頼んでみたんだ。そしたら、快く置かせてもらうことになってさ。売り上げの状況によってはここだけじゃなくて全国的にも検討してもらえることになってる」
「……っ、すごい……っ! それ、すごいです、先輩っ!」
本屋や雑貨屋さんに置いてもらえることだけでもすごいことだと思っていたのに、まさかコーヒーショップにブックカバーを並べてもらえるなんて想像すらしていなかった。
「だろ? 俺の販売戦略とプレゼン力をみくびんなよ~!」
先輩の顔にいつものように強気な笑顔が浮かぶ。
「商品が出来上がって発売したら終わりじゃない。それから先にもずっと続いていくんだ」と先輩が言っていたことが改めて理解できた気がした。
先輩が「始まりだ」と言っていた意味がこれだったんだ。
「嬉しい……っ! ありがとうございます、先輩! 私、もっともっと仕事、頑張ります!」
嬉しさで涙が出そうになったけど、ここは笑顔でいたいと先輩に笑顔で出来る限りの喜びを伝える。
先輩はぽんっと私の頭を撫でてくれて、「うん。一緒に頑張ろーぜ!」と笑顔で言ってくれた。