モノクロ
 


「佐々木さん、誤字がある」

「えっ? あっ、すみません! 直します!」


隣のデスクにいた佐山さんから資料を差し出され、私は慌てて受け取った。

そこにあるのは、“手帳”を何故か“手帖”と変換してしまった誤字。

何度も見直したはずなのに、何で間違いに気付かなかったんだろう。

パソコンに保存しているドキュメントを開き、間違いを修正する。

他にもないか、ちゃんと確認しなきゃ。


「佐々木さんが誤字とか珍しいな。誤字脱字を見つけるのが誰よりも得意なのに」

「ちょっとボーッと……ってごめんなさい! 仕事中は気を引き締めます! もう今後はこんなことはないようにしますから!」

「……逆に気を張りすぎなんだと思うけど?」

「へ?」

「いや。修正したらプリントアウトまでよろしく」

「あ、はいっ! すぐに用意します!」


佐山さんはデスクから立ち上がり、他の同僚のデスクへ向かっていった。

いけない。佐山さんや他の同僚に迷惑をかけちゃいけない。

チームで仕事しているんだから、私のミスはみんなに迷惑を掛けることになる。

プライベートのことを仕事に持ち込んじゃダメ。

しっかりしなさい、私。

私は気持ちを落ち着かせるようにふぅと息をつき、気持ちを集中させて資料の確認を始めた。


考えようとしているつもりはないのに、気付けば先輩のことが頭の中を回っていて、苦しい気持ちに襲われる。

あの日から、そんな毎日を私は過ごしていた。

 
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