モノクロ
お昼休みに入る直前、私は資料室と総務部に、佐山さんは総務部に行く用事があり、二人で向かっていた。
佐山さんは午後一にあるミーティングの準備のため、そのまま少し早めのランチに行くのだという。
佐山さんとおしゃべりをしながらエレベーターから降りた時、外回りから戻ってきたらしい先輩とバッタリ出くわした。
その瞬間、私の心臓は大きく飛び跳ねて、危うく腕の中から資料が零れ落ちそうになってしまったけど、何とか堪えて先輩にいつも通りの笑顔を向ける。
「先輩、お疲れ様です!」
「おー。お疲れー。……って、あれ? 何かさきこ、顔色悪くねぇ? また仕事で無理してんじゃねぇのか?」
「えっ? そんなことないですよー! 今日も元気ですっ!」
「そう? ならいいけど、無理はすんなよー」
「はいっ」
先輩の問い掛けにドキッとしながらも、私はにっと笑っていつものように答える。
先輩は私の答えに特に疑問は持たなかったようで、私は心の中でこっそりと胸を撫で下ろした。
「佐山、ちょうど良かった。聞きたいことあったんだ。今ちょっといいか?」
「ん、何」
「5分ちょうだい」と先輩が会社のロビーにいくつかある、軽い打ち合わせをする時に使う丸いハイテーブルに佐山さんを促そうとしたので、私は咄嗟に佐山さんの名前を呼んだ。
「あのっ、佐山さん」
「ん?」
「後は私が持って行きますから、ファイル、この上に乗せちゃってください」
「話が終わったら自分で持って行くし、佐々木さん先に行ってて」
「ファイル返却だけですよね? それなら私が返しておきますよ。そのままお昼休みに入ってください」
「そう? わかった。助かる。ありがとう」
「いえ! じゃあ、私行きますね!」
ぽんと乗せられたファイルを確認して、頭を小さく下げて二人に挨拶をし、私はその場から去った。
いつものように笑顔でいられた?変な態度にはなってなかった?と、総務部に向かいながら考える。
もちろん先輩のことを避けるつもりなんてないけど、先輩の顔を見るとどうしてもこの間のことを思い出してしまって、先輩は今も苦しい想いをしているんじゃないかって考えてしまう。
今はまだ、先輩に心からの笑顔を向けられる自信がない。
少し時間が欲しい。
諦めるべきだと気付いたのに、今まで以上の速度で膨れ上がっていく先輩への想いを抑える時間が欲しい……。
この気持ちを忘れることさえできれば、私は先輩に笑顔になってもらうための笑顔を、向けることができるようになるはずだから。