モノクロ
企画に必要な申請書を総務部長に提出した後、私は佐山さんから預かった資料を総務部のオフィスにある棚にしまっていた。
棚にはすでにファイルが敷き詰められていて、ファイルの位置を順番にずらしながら棚に押し込んでいると、すぐ横にあるハイテーブルに人影が立ち止まったのが視界に入った。
顔を向けると三神さんが立っていて、一瞬息をのんでしまいながらも、笑顔を向けて挨拶をする。
「お疲れ様です」
「あら、佐々木さん。お疲れ様」
三神さんもにこっと綺麗な笑みを浮かべて挨拶を返してくれた後、ハイテーブルに置かれている資料貸し出しのノートを開き、さらさらと資料の名称などを書き始めた。
私も書かないといけないとふと目線を動かした時、光るものが目に入った。
「……」
それは、三神さんの左手の薬指に光る、以前はなかったはずの指輪。
ホワイトプラチナと思われるそれにはキラリと輝く石がついている。
……あれってもしかして、婚約指輪……? それとも、結婚指輪……?
……え、待って……、それって、どういうこと……?
呆然と見てしまっているとノートを書き終わった三神さんが顔を上げ、私の視線に気付き口を開いた。
「あら、ごめんなさい。待たせたかしら?」
「あっ、い、いえ! だ、大丈夫です」
「そう? じゃあ」
特にそれ以上の会話はせず、にこっと笑みを浮かべた三神さんはファイルを片手に去っていく。
しばらくその後姿を追ってしまっていた私は我に返り、中途半端に差し入れられているファイルをぐっと奥に押し込みながら、さっき目に映った指輪のことをぐるぐると考え始める。
三神さんがあんな指輪をしてるってことは、先輩と三神さんは結婚することをもうすでに決めてるってこと……?
あの日、「幸せになって」と言われた先輩が友美さんに向けた穏やかな笑みの中に、負の感情が混ざっていないと感じた理由。
それは、三神さんと結婚することを決めていて、自分の幸せな人生を手に入れていたから?
私なんかが心配しなくても、先輩はすでに友美さんとのことを乗り越えているのかもしれない。
友美さんと会った日の先輩は、寂しそうな顔も悲しそうな顔も一切見せなかったことを考えても腑に落ちる。
そうさせたのは、三神さんの存在。
そっか。先輩は幸せになれるんだ……。
そっか。良かった……。
ファイルをしまい終えた私は資料貸し出しリストに返却日付を記載し、床に置いていた資料を抱えて、資料室へと足を向けた。