モノクロ
彩
***
ぺりっと付箋を1枚はがす。
「さきこ、最近おかしくねぇ?」
「そんなことありませんよー。普通です。佐山さん、それは廃盤になる予定の商品なので赤貼ってください」
「あぁ、そうだっけ」
佐山さんとふたり、オフィスの真ん中にあるテーブルで残業をしていると先輩がひょっこりと現れた。
先輩は私と佐山さんのふたりしか残っていないことをいいことに、すでに帰宅してしまった同僚のオフィスチェアに座り、おしゃべりを繰り広げていた。
「じゃあ、飲みに行こうぜ! さきこが好きそうないい店見つけたんだって! ちょっと小洒落た感じで酒の種類もメニュー数も多くてさ」
「紀村、ナンパしてる暇があるなら手伝え。資料を見ながら付箋を貼っていくだけの簡単な仕事だ」
「佐山さん、それは無理です。カタログ、この2冊しかないので」
「もう1冊持ってきておくべきだったか」
「ナンパとかしてねぇし。かわいい後輩を飲みに誘ってるだけだろ?」
「かわいい後輩」という先輩のセリフに心臓がドキッと音をたてたけど、その鼓動を私はスルーして口を開く。
「あの、先輩すみません。私、ちょっと飲みに行くのは控えたいと思ってて。他の人誘ってくださいー」
「はぁ!? 何で急に控えるんだよ。さきこらしくねぇじゃん!」
「最近また本に目覚めちゃって。読みたい本たくさんあるんですよ~」
「本とかいつでも読めるじゃん。ちょっとくらい付き合えって」
「ごめんなさい。無理ですね~」
「紀村、諦めろ。先に言っておくが俺も付き合わないからな」
「冷てぇ!」
先輩はブーブー言いながら、抱くようにしていたオフィスチェアの背を持ちガタガタと動かした。
私はそんな先輩に対して特に何の反応も見せず、黙々と仕事を進める。
早く終わらせて先輩が近くにいるこの空間から逃げ出したいという気持ちだけが、私を突き動かしていた。