モノクロ
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週末になると、先輩が私の部屋を訪れるのが習慣になっている。
マンガばかりの色気のない部屋に少しずつ先輩のものが増えていくことに、くすぐったいけど嬉しさを感じていて。
忙しくて会えない平日も、部屋に帰れば先輩の存在を感じることができることに幸せを感じる日々なんだ。
今日、営業部での飲み会があった先輩は、日付が変わる1時間前に私の部屋に訪れていた。
何故か先輩はほとんどお酒を飲んでいないようで、部屋に来てからすぐに「シャワー浴びさせて」とお風呂に行ってしまった。
シャワーを浴びてすっきりとした様子の先輩は、ベッドの上で壁に寄りかかって本を読んでいた私の隣にすとんとあぐらをかいて座り込んだ。
「さきこ」
「はい?」
「ちょっと話がある」
「……話、ですか?」
飲み会に行ってきたはずなのに陽気ではなく真剣な様子の先輩に、私の心臓がどくりと嫌な音をたてた。
この雰囲気を私はよく知っていたから。
この前、先輩が転勤になる予定だと話してくれた時と同じ空気だ。
どうしたのかな……。嫌な話じゃなければいいけど……と不安な気持ちが生まれる。
雰囲気を軽くしたくて、私は先輩の肩に掛けられていたタオルに手を伸ばした。
その時、先輩の髪の毛からポタッと1つ、私の手の甲に雫が落ちた。
「先輩、髪の毛。濡れたままだと風邪引いちゃいますよ」
「……あぁ、うん」
私はタオルを手にして、頷いた先輩の髪の毛を拭き始める。
ある程度乾いたところで、先輩が口を開いた。
「さきこさ、俺に言うことない?」
「え?」
「全て話せとまでは言わないけど、悩んでるなら俺に相談しろよ。何も言わなかった俺も悪かったのかもしんねぇけどさ」
「先輩……?」
「悩んでるんだろ? 仕事のこと」
「!」
ぴたりと先輩の髪の毛を拭いていた私の手が止まると、先輩は「ありがと」と私からタオルを引き抜き、手を引いて私を座らせた。
先輩の瞳が真っ直ぐ私を貫く。その表情に笑みはない。
どうして先輩が知ってるの? もしかして、佐山さんが……?
佐山さんに口止めをしていなかったとは言え、まさか先輩に伝わってしまうだなんて……。
でも、佐山さんも私のことを心配しているからこそ、そして仕事のことを考えての行動だろうし、責めることはできない。
「……佐山さんに聞いたんですか?」
「さきこが仕事のことで悩んでるって、それだけな。どうして佐山には相談して、俺には相談しないんだよ」
「……仕事のことは私の問題だし、佐山さんは上司だから相談しやすいし、しておいた方がいいと思ったから」
「俺には頼ってくれないんだ? さきこの未来を一緒に考えさせてくれねぇんだな」
「先輩……っ、そうじゃないんです。逆、なんです」
「逆?」
「私、先輩と一緒にいたいから……未来のことを一緒に考えたいから相談出来なかったんです。相談したら、連れていってくれなくなるんじゃないかって思ったから。面倒だって思われたくなかったんです」
「……」
「でも……、決めました。……仕事は、辞めます。引き継ぎとかあると思うし、すぐは無理かもしれませんけど……私、先輩と一緒に居たい」
先輩のそばにいれるなら、それでいい。
新しい生活に落ち着いた後に企画の仕事がしたいって気持ちが残っていたら、先輩に相談すればいいだけ。
やりたいって気持ちがあれば、きっと違う場所でもやっていけるはず。
……仕事は辞めよう。それが先輩のそばにいれる最良の選択だ。