モノクロ
でも涙は止まらなくて俯こうとした時、先輩の指が溢れ落ちる涙を拭ってくれた。
「先輩、ごめ……っ」
「謝らなくていい。めんどくさいわけないじゃん。その分、ゆっくりさきこを愛せるってことだろ? いや、今の話がなくてもそうするつもりだったけど」
「……え?」
「話してくれてありがと。良かった、話してくれて」
「先輩……っ」
「もし同じことになったとしても、俺はさきこのことを離したりしないからな」
「っていうか、同じ思いをさせるつもりはないよ。ちゃんと気持ちよくさせてやる」と先輩はさらりと言う。
「まぁでもやっぱり、いざ聞くと妬けるな」
「妬ける……?」
「俺以外にもさきこに触れた男がいたんだなって。しかも、ちゃんと好きで付き合ってたんだろ?」
「そう、ですけど、10年以上も前だし……でもそれを言ったら、先輩の方が……、っ」
余計なことを言ったかも、と私は慌てて言葉を止める。
先輩が付き合っていた人のことは佐山さんや若菜さんに少し聞いたことがあるし、三神さんのことだって知っている。
……それが妹の友美さんへの想いを封印するための行動だったことも。
でもこれ以上、前の彼女がどんな人だったのかなんて聞いてしまえば悲しくなると思って、私は先輩に今までどんな恋愛をしてきたのかは一切聞いていなかった。
私から自分の話をしたとは言え、先輩の昔の恋愛を聞くつもりは今も全くないのに。
先輩はふっと表情を緩め、「佐山夫婦にでも聞いた?」と笑う。
「まぁその辺は否定はできないし元カノには悪いと思うけど……言ったよな? 俺の初恋はさきこだって。……余裕ぶってるけど、ほんとは俺だってめちゃくちゃ緊張してるんだからな」
「……ほんと?」
「うん。さきこと同じだよ。はじめて本気で好きになった女に触れるんだから、俺にだって怖いって気持ちはある。さきこの抱えてる過去を知ったら余計にな。でも、ひとりで不安になんかならなくていい。俺たちふたりでいるんだから、分けあったり共有すればいい」
「先輩……っ」
先輩の手が私の髪の毛をすくように頭を撫で、そのまま頬に移動する。
私の形を確かめるようにゆるゆると撫でるその手が気持ちよくて、一瞬離れそうになっただけでも、私はその手に触れていたいと追いかける。
そんな私の動きに先輩はふと笑みをこぼし、唇を私の唇にそっと触れさせた。
何度か啄むように触れる。
私の緊張をほぐすようなやさしい動きに、少しずつ力が抜けていく。
……どうして不安になんて思ってたんだろう。
先輩はこんなにやさしく触れてくれるのに。
「……は、先輩……っ」
「……ん?」
「……好き、大好き……っ」
「うん。俺も。……明希が好きだよ」
「……っ」
くすぐったいくらいに先輩はゆるりと指を絡ませながら、私に唇を落としてくる。
触れる場所すべてから感じるその熱と欲が心地よくて気持ちよくて、私はそのまま身を任せた。
おわり。