モノクロ
今まで感じたことのない感覚に襲われた瞬間、両側から包み込むように、私の体は何かに支えられていた。
「おっと。大丈夫か? 意外と酔ってたんだな。顔には出ないタイプか」
「へ?」
支えてくれていたのは先輩の腕。
力強いその腕に気付いたのと同時に、ドクン!と大きく心臓が音をたてる。
どくどくと速くなる鼓動を先輩に悟られるのが恥ずかしくて、私は慌てて先輩の腕の中から抜け出した。
「おっ?」
私の行動に先輩の驚いたような声を聞きながら何度か深呼吸をすると、体がゆらゆらするような感覚がなくなった気がした。
よ、よし。気合い入れなきゃ……。先輩に心配かけちゃダメ!
先輩が私の顔を窺うように覗き込んできたので、私は笑顔を返す。
「すみません、大丈夫です! ご心配なさらず!」
「本当に大丈夫か?」
「はいっ! 大丈夫です! バッチリですっ」
「それならいいけど……辛かったらちゃんと言えよ?」
「はい、ありがとうございます」
「じゃあ、行こっか」と先輩が歩き出し、店内を行き交う店員さんやお客さんを避けながら、私は先輩の後ろを追った。
「あ、お会計」
レジの手前に差し掛かり、私は財布をカバンの中から取り出す。
でもレジには肝心な店員さんはいなくて。
気付けば、先輩は出口に向かっていて、店員さんの姿がその向こうに見えた。
……あ、そうでした。今日は私のおごりでした……。
本来の目的を思い出し、近くにいる店員さんを呼ぼうとした時、先輩の声が飛んできた。
「さきこ!」
「へ?」
「もう払ったからいいよ」
「え?」
払った? って、いつの間に?
「さきこ。ほら他のお客さんもいるから、とりあえず出よ?」
私に向かってこいこいと手招きした後、先輩は店員さんに向かって「ごちそうさまでした」と言って出口を出ていってしまった。
そんな先輩に対して、店員さんも特に何も言う様子はない。
……大丈夫、なんだよね?
疑問に思いながらも私も出口に向かい、店員さんに「ごちそうさまでした」と挨拶をし、「ありがとうございました~」という活気のある店員さんの声を聞きながら外に出たのだった。