モノクロ
 

不意に感じた心臓の高鳴りに戸惑っていると、男の人が問い掛けてきた。


「一人ですか?」

「あっ、はい……。みんな帰っちゃったので」

「そっか」


「ふーん」と言いながら、彼は再び静まり返ったオフィス内を見渡す。

……この人、誰だろう?

スーツ姿でこの時間に会社にいるってことは、営業さんかな……。

雰囲気的にもそんな感じだ。

私の仕事は企画のサポートがメインなこともあって、部署内や総務部の往復ばかりで、営業部とは関わることはない。

営業の人が企画部のオフィスに来ることもあるけど、いちいち顔をチェックするわけでもなくて。

だから、同じ会社で働いていると言っても営業の人は顔を知らない人が多い。

上司のように営業部との会議に出るようになれれば、営業の人とも顔を合わせるようになるんだろうけど、私には程遠い話だ。

この人のことも今初めて見た。


「こんな時間まで仕事してたんですか? あ、企画の方ですよね?」

「あ、はい……」

「そっかー、遅くまでお疲れさまです。やっぱり企画の仕事も大変なんですねぇ。営業からのプレッシャーもありますよね? いつも無理言って申し訳ないです」

「い、いえ……」


頭に手を当て、すまなそうにその人が笑った。

もしどんなに怒っていたとしても、許してしまいそうなくらいの人懐っこい笑顔で。

やっぱりこの人、営業の人なんだ。

初対面だと言うのにすごくフレンドリーに話してくる感じが、まさにイメージそのままの“営業の人”だと思った。

モデルとか俳優のようにいるような完璧なイケメンとまでは言えないけど、カッコいい部類だと思うし、笑顔と人懐っこい感じはかなり印象がいい。

しかも黒縁メガネ。

……これはきっと私の個人的趣味ではあるけど。

きっと、密かにモテるタイプだ。

……まぁ、昨日読んだマンガのヒーローには絶対に敵わないけどね。

 
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