モノクロ
「佐々木さん」
「っ! は、はいっ?」
突然耳に入ってきた佐山さんの声に、私はビクッと体を跳ねさせた。
いけない。佐山さんがいるのに、完全に自分の世界に入っちゃってた……!
佐山さんの存在をすっかり忘れていた私はすぐに平静を装って佐山さんの方を向き、へらっと誤魔化すように笑う。
「……恋する乙女、だな」
「はいっ!?」
佐山さんにも私にも似合わない言葉に、私は目を丸くしてしまう。
「本気なんだな」
「っ!」
「諦めた方がいいのかって悩んでたけど、もう少し頑張ってみてもいいんじゃないか? あの感じなら、嫌われてはないと思うけど」
「……そう、でしょうか」
「避けてる素振りもなかったし、とりあえず“後輩”としてなら近付くのは何の問題ないだろ。あからさまに下心をむき出しにして近付くというのなら話は変わるけど、佐々木さんにそんな芸当ができるとは思えないし。大丈夫だ」
私よりも先輩のことを知っているはずの佐山さんからの「大丈夫」という言葉は、すごく心強く感じる。
「佐山さん、ありがとうございます」
「いや。面白い展開を楽しみにしてるよ」
「はいっ!?」
「佐々木さんがどうやって紀村を落とすのか、興味もあるし」
「なっ! 人の恋路を眺めて、楽しむ気ですか!?」
「あぁ。絶対面白いだろうからな」
「佐山さん、酷いっ!」
「今頃気付いたのか? 俺は面白いものが大好物だ」
「うっ……!」
確かにそうだ。佐山さんは根っからの面白いもの好き。
自分のことに精一杯で、その事実をすっかり忘れてしまっていた。
佐山さんに話してしまったことを少し後悔した時、エレベーターが7階に到着し、扉が開く音が小さな箱の中に響いた。