強引にされたら気持ち、揺らぐんだってば
もちろんタクシー代も払ってもらう。着いた店は普通のちゃんこ屋だった。元力士が経営している店ということで人気らしく、芸能人が好みそうな場所であることは確かだ。
ユウに付いて、店内へ入る。店の奥の大部屋の障子を開けた後、その獣のような笑い声を聞いて、一瞬で縮こまってしまった。
「来た来たー!! って、おぉ―――――!?」
何故か私の顔を見ると、そこにいた20人前後の人ほぼ全員に凝視され、更には大声を出された。
非常に不快である。
「そやろ、そやろ!!」
謎のユウジのどや顔。
「あー、来たね」
あ、ほんとだ。こっちをしっかり見つめているハルトがいる。しかも、えらく酷視されている。でもきっと多分彼はナルシストだから、女性という女性は、足の指の爪の先までチェックしているんだろう。
「ここおいで」
のハルトの一言で、側にいた男の人が席を一つずらした。完全に彼が政権を握っている証拠である。
「ささ、どうぞ」
ユウジはさきほどの約束など全て忘れたか、もしくは聞いていなかったかのように、空いた対面の席に座った。隣に座ってほしかったのに……完全孤島状態。
私は仕方なく、なんだか無駄にいい香りがするハルトの左隣に座らさせられた。
「こんばんは……あの、すみません突然あの、その、ユウジさんに付いて来てしまって……」
「ユウが誘ったんでしょ?」
そらもちろんそうですがな!!
「え、あ、はい」
「ごめんね、手引きしたのは僕」
言いながら彼はにっこり笑顔だ。やっぱそうだよね。そうでしょうね。
「あ、ですよね……」
「名前、みんなに教えてあげて?」
えっ!?
なんでそんなことを!?と思ったが仕方ない。辺りは静まり、あらゆる視線が、痛いくらいに突き刺さっている。
「葉月です」
「ファーストネームは?」
「あっ、紗羅です」
「紗羅ちゃん。かわいいでしょ。僕のすごく大切な人。今日はみんなに紹介したくてね。みんな、可愛いからってちょっかい出さないように。後が怖いよ」
って、ちょっと待って。何紹介してくれちゃってんのこの人!? しかも、辺りの人は友達というよりスタッフの人だよね?!
「…………」
ハルトとスタッフの間で楽しげなやりとりがあったが、行き場を失った私は、完全に縮こまってしまう。
「ごめんね、僕も今日まさかユウジが抜け駆けしてるとは思わなかったから。でも良かったよ。来てくれて。ありがとう。良い知らせはみんなに公言しとかないとね」
………へーーーー!?
驚く私に無関心のように、笑顔を投げかけるハルト。芸能人ってこんなもんなのだろうか……というか、僕の大切な人って表現何!? 私が怒らないようにオブラートに包んでるつもりなのだろうか!?
言葉に困って、対面しているユウジを見た。
だがユウジは
「何飲む?」
って、奢る約束の方が気になっているのか、ちらとこちらを見た後は、メニューに視線を落としてしまった。
私たち、友達でしょ!!
「いやあの、何でも……」
「何でも?じゃあ焼酎いこうか…」
「え゛、いやあの、そういう何でもは飲めませんけど。あの、すみません。カクテルとかチュウハイとか、ジュースみたいなものしか飲めません……」
「じゃあとりあえず……ユウ、メニュー貸して」
「はいはい」
「酔わせてモノにする作戦は失敗だな」
いやちょっと、みんな聞いてますから!! しかも笑ってますから!!
「あのみんな、大事な人って表現だけど、まだ彼女じゃないから。今口説き中」
あからさますぎでしょ!!!
1人憤慨してると、ハルトの右隣の若者が、
「じゃ兄貴、俺と勝負しませんか? どっちが先に……」
と、言いかけて殴られる。
「したら殺すからね」
拳の割に笑顔だ。……悪魔の笑顔だ。
にしても、ハルトは指が細く、長い。なのにごつごつしている。
「じゃあチュウハイ、何味がいい?」
「……」
中指に嵌めている指輪はクロムハーツだろうか。多分高価な物だろう。
「なんでもいい?」
「えっ!? いや、なんでもは飲めません」
「ん? 何味?」
「え、あっ、えーっとじゃあカルピスで」
メニューもろくに見ずに、カルピスならどこの店でもあるだろうと口頭で注文した。
「じゃあカルピスとぉ…」
その後10点以上を注文したかと思えば、すぐにカルピスと、ユウジが頼んだビール、その他の人が頼んだ飲み物が運ばれてきた。
そして、すぐに全員がグラスを持つ。
「じゃあ、遅れてきたこの美女と野獣の2人に、かんぱあい!!」
「野獣にかんぱーい」
笑いを誘いながら、全員で乾杯をした。へえー、そういうのが習慣付けられているんだ。けど、悪くはない。
喉を潤すために、二、三口飲んで携帯で時間を確かめた。午後7時53分。
……いつ帰ろう。
「今日は何時まで大丈夫なの?」
「えっ、いえ別に……。明日休みですし。今日も早上がりだったんでユウジさんと約束して……」
「ああ、じゃあ飲めるね」
「の……めるかどうかは分かりませんけど……」
というか、意外である。
「そういえば前回実は黙っていたことがあってね」
ぎょっとしてハルトを見た。
「実はね、僕たち一度会ってるんだよね」
あ、なんだ、そんなこと……。
「え、私が働いてるお店でですか?」
「うんそう。覚えてない?」
「えー…?」
これほどまでに有名なハルトが店に来たら多分きっと大騒ぎで、忘れることなどできないはずだけど。
「えっと、いつくらいですか?」
「覚えてないんだ……」
「え、いやあの。その、名前……とか書きました?」
「書いてないけど」
「あっ、じゃあ……」
分からないかもという一言は出すのをやめた。なんかグラス片手に頭が沈んでるし!
「えーとえーと。その、あの、ゆ、ユウジさんと来ました?」
「行った」
「え、えー?……ね、ねえ! ハルトさんとお店来たことあった?」
私は目が合っユウジに聞いた。
「あるよ。何回か」
「私と話したことある?」
「あったよ」
「えー……、私、多分その時ハルトさんだって分からなかったんだと思います。そのあの、多分服装とか髪型とかの違いで……すみません」
あんたのこと知らない一般人なんて、いくらでもいるよ!!と心で思いながら、こちらを見ないハルトに頭を下げた。
「僕は覚えてたけどね。いつ思い出してくれるのか、気になって仕方なかったけどね」
「す、みません……」
逆に私は変装することとかないし、変わっても多少の髪形と制服か私服の違いくらいだ。だからって芸能人が一般人に気づかれなかったからって……それはもう、うまい変装だったってことでいいんじゃないですか?
「いや別に本気で謝らなくても(笑)、僕が覚えてたってことを知ってもらっただけでいいよ」
ハルトはそう言いながら大皿のサラダを小皿によそい、
「はい」
と、几帳面にも箸と一緒にテーブルに並べてくれた。
「すみません。ありがとうございます」
ハルトはそれには応えず、今度はユウジに話しかける。
私は少しほっとし、箸を割ると、ゆっくりとサラダを食べ始めた。もちろん、食べた気はしない。こういう場合、刺身が食べたいと思うのだが、今夜は自分から注文して食べられるような会では到底……。
と思っていたところに、新たに注文された今しがた話題になったばかりの刺身やから揚げなどが登場し、目の前に並べられた。
「好きなの食べてね」
「俺の奢りやから」
ユウジはいつも通り笑っている。
「……」
返す言葉が見つからなかったので、とりあえず返事したようなしてないような感じで、笑顔でから揚げを一つ小皿に乗せた。
その後なんとなく皆で会話をしながら食べて、9時を過ぎると、人数が半分に減った。一般サラリーマンの飲み会と業界の飲み会もさほど変わらないようである。
「さあ、人数も減ったしどっか行こうか」
ユウに付いて、店内へ入る。店の奥の大部屋の障子を開けた後、その獣のような笑い声を聞いて、一瞬で縮こまってしまった。
「来た来たー!! って、おぉ―――――!?」
何故か私の顔を見ると、そこにいた20人前後の人ほぼ全員に凝視され、更には大声を出された。
非常に不快である。
「そやろ、そやろ!!」
謎のユウジのどや顔。
「あー、来たね」
あ、ほんとだ。こっちをしっかり見つめているハルトがいる。しかも、えらく酷視されている。でもきっと多分彼はナルシストだから、女性という女性は、足の指の爪の先までチェックしているんだろう。
「ここおいで」
のハルトの一言で、側にいた男の人が席を一つずらした。完全に彼が政権を握っている証拠である。
「ささ、どうぞ」
ユウジはさきほどの約束など全て忘れたか、もしくは聞いていなかったかのように、空いた対面の席に座った。隣に座ってほしかったのに……完全孤島状態。
私は仕方なく、なんだか無駄にいい香りがするハルトの左隣に座らさせられた。
「こんばんは……あの、すみません突然あの、その、ユウジさんに付いて来てしまって……」
「ユウが誘ったんでしょ?」
そらもちろんそうですがな!!
「え、あ、はい」
「ごめんね、手引きしたのは僕」
言いながら彼はにっこり笑顔だ。やっぱそうだよね。そうでしょうね。
「あ、ですよね……」
「名前、みんなに教えてあげて?」
えっ!?
なんでそんなことを!?と思ったが仕方ない。辺りは静まり、あらゆる視線が、痛いくらいに突き刺さっている。
「葉月です」
「ファーストネームは?」
「あっ、紗羅です」
「紗羅ちゃん。かわいいでしょ。僕のすごく大切な人。今日はみんなに紹介したくてね。みんな、可愛いからってちょっかい出さないように。後が怖いよ」
って、ちょっと待って。何紹介してくれちゃってんのこの人!? しかも、辺りの人は友達というよりスタッフの人だよね?!
「…………」
ハルトとスタッフの間で楽しげなやりとりがあったが、行き場を失った私は、完全に縮こまってしまう。
「ごめんね、僕も今日まさかユウジが抜け駆けしてるとは思わなかったから。でも良かったよ。来てくれて。ありがとう。良い知らせはみんなに公言しとかないとね」
………へーーーー!?
驚く私に無関心のように、笑顔を投げかけるハルト。芸能人ってこんなもんなのだろうか……というか、僕の大切な人って表現何!? 私が怒らないようにオブラートに包んでるつもりなのだろうか!?
言葉に困って、対面しているユウジを見た。
だがユウジは
「何飲む?」
って、奢る約束の方が気になっているのか、ちらとこちらを見た後は、メニューに視線を落としてしまった。
私たち、友達でしょ!!
「いやあの、何でも……」
「何でも?じゃあ焼酎いこうか…」
「え゛、いやあの、そういう何でもは飲めませんけど。あの、すみません。カクテルとかチュウハイとか、ジュースみたいなものしか飲めません……」
「じゃあとりあえず……ユウ、メニュー貸して」
「はいはい」
「酔わせてモノにする作戦は失敗だな」
いやちょっと、みんな聞いてますから!! しかも笑ってますから!!
「あのみんな、大事な人って表現だけど、まだ彼女じゃないから。今口説き中」
あからさますぎでしょ!!!
1人憤慨してると、ハルトの右隣の若者が、
「じゃ兄貴、俺と勝負しませんか? どっちが先に……」
と、言いかけて殴られる。
「したら殺すからね」
拳の割に笑顔だ。……悪魔の笑顔だ。
にしても、ハルトは指が細く、長い。なのにごつごつしている。
「じゃあチュウハイ、何味がいい?」
「……」
中指に嵌めている指輪はクロムハーツだろうか。多分高価な物だろう。
「なんでもいい?」
「えっ!? いや、なんでもは飲めません」
「ん? 何味?」
「え、あっ、えーっとじゃあカルピスで」
メニューもろくに見ずに、カルピスならどこの店でもあるだろうと口頭で注文した。
「じゃあカルピスとぉ…」
その後10点以上を注文したかと思えば、すぐにカルピスと、ユウジが頼んだビール、その他の人が頼んだ飲み物が運ばれてきた。
そして、すぐに全員がグラスを持つ。
「じゃあ、遅れてきたこの美女と野獣の2人に、かんぱあい!!」
「野獣にかんぱーい」
笑いを誘いながら、全員で乾杯をした。へえー、そういうのが習慣付けられているんだ。けど、悪くはない。
喉を潤すために、二、三口飲んで携帯で時間を確かめた。午後7時53分。
……いつ帰ろう。
「今日は何時まで大丈夫なの?」
「えっ、いえ別に……。明日休みですし。今日も早上がりだったんでユウジさんと約束して……」
「ああ、じゃあ飲めるね」
「の……めるかどうかは分かりませんけど……」
というか、意外である。
「そういえば前回実は黙っていたことがあってね」
ぎょっとしてハルトを見た。
「実はね、僕たち一度会ってるんだよね」
あ、なんだ、そんなこと……。
「え、私が働いてるお店でですか?」
「うんそう。覚えてない?」
「えー…?」
これほどまでに有名なハルトが店に来たら多分きっと大騒ぎで、忘れることなどできないはずだけど。
「えっと、いつくらいですか?」
「覚えてないんだ……」
「え、いやあの。その、名前……とか書きました?」
「書いてないけど」
「あっ、じゃあ……」
分からないかもという一言は出すのをやめた。なんかグラス片手に頭が沈んでるし!
「えーとえーと。その、あの、ゆ、ユウジさんと来ました?」
「行った」
「え、えー?……ね、ねえ! ハルトさんとお店来たことあった?」
私は目が合っユウジに聞いた。
「あるよ。何回か」
「私と話したことある?」
「あったよ」
「えー……、私、多分その時ハルトさんだって分からなかったんだと思います。そのあの、多分服装とか髪型とかの違いで……すみません」
あんたのこと知らない一般人なんて、いくらでもいるよ!!と心で思いながら、こちらを見ないハルトに頭を下げた。
「僕は覚えてたけどね。いつ思い出してくれるのか、気になって仕方なかったけどね」
「す、みません……」
逆に私は変装することとかないし、変わっても多少の髪形と制服か私服の違いくらいだ。だからって芸能人が一般人に気づかれなかったからって……それはもう、うまい変装だったってことでいいんじゃないですか?
「いや別に本気で謝らなくても(笑)、僕が覚えてたってことを知ってもらっただけでいいよ」
ハルトはそう言いながら大皿のサラダを小皿によそい、
「はい」
と、几帳面にも箸と一緒にテーブルに並べてくれた。
「すみません。ありがとうございます」
ハルトはそれには応えず、今度はユウジに話しかける。
私は少しほっとし、箸を割ると、ゆっくりとサラダを食べ始めた。もちろん、食べた気はしない。こういう場合、刺身が食べたいと思うのだが、今夜は自分から注文して食べられるような会では到底……。
と思っていたところに、新たに注文された今しがた話題になったばかりの刺身やから揚げなどが登場し、目の前に並べられた。
「好きなの食べてね」
「俺の奢りやから」
ユウジはいつも通り笑っている。
「……」
返す言葉が見つからなかったので、とりあえず返事したようなしてないような感じで、笑顔でから揚げを一つ小皿に乗せた。
その後なんとなく皆で会話をしながら食べて、9時を過ぎると、人数が半分に減った。一般サラリーマンの飲み会と業界の飲み会もさほど変わらないようである。
「さあ、人数も減ったしどっか行こうか」