殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 清雲寺の枝垂れ桜。
テレビ中継で見たことはあった。
でもこんなに立派で、こんなにも堂々としていたなんて……


(陽子を……陽子をありがとうございます。逢わせてもらって救われました。本当に本当にありがとうございました)


翼は素晴らしいこの地に感謝を捧げた。


勝の生まれ故郷でもあるこの地に。




 翼はもう一度両手を目いっぱい広げて、大きく深呼吸をした。


まるでその枝垂れ桜に住んでいる精霊を体の中に取り入れるかのように。




 翼は暫く其処から動けなかった。

陽子はそんな翼から離れなかった。
大地の息吹。
大地の恵み。
それらを翼と共に感じたかった。
かって翼の祖父の勝も見ただろうこの枝垂れ桜から。


(僕もこの桜と同じように、多くの人から支えられてきた。陽子……愛をありがとう。忍おじさん……勉強を教えてくれてありがとう。純子おばさん……ううん陽子のお姉さん。素晴らしい出逢いをありがとう)

翼は勝の育ったであろう荒川方面に目を向けた。


(お祖父ちゃん……優しさをありがとう……僕はもう大丈夫だから……安らかに……とうか安らかに)


翼は泣いていた。

幾本もの木に支えられながら懸命に咲き誇る古木を見つめながら……


その先あるだろう勝の故郷を見つめながら……




 子供好きな陽子がブランコを見つけた。
アニメに出て来るキョシン兵かトーテンポールのような風体。


「気が付かなかった。だって何時も桜ばかり見ていたがら」

そう、境内に所狭しとと植えてある枝垂れ桜の影に隠れて埋もれてしまったのだろう。

遊ぶ人も居なかった。


陽子は翼を誘って、そのブランコに近づいた。


「あっやめよ。何かあったら大変だ」
そう……
そのキョシン兵の足も腕も細長かったのだ。


(あ、そうか……翼と一緒だからか……色々な物一つ一つに感動しているからなのね。でも不思議……だって私翼しか見ていないのに……翼しか目に入らないのに……)


それには理由があった。
陽子が以前此処を訪れた時には、花見客を呼び込むための市が立っていたのだ。

だから陽子にはあのブランコが見えなかったのだ。

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