殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 節子の家で食事をさせてもらうために、二人は再び武州中川駅の反対側にいた。


案内された和室に所狭しと置かれたお皿や小鉢。

目の前の大ご馳走に目が点になる翼。
言葉が出ない。


それは節子が、翼の心を掴むための手段だった。
でも素直に翼は喜んだ。

頬を濡らした嬉し涙が止まらない。


そんな翼を節子は思わず抱き締めた。

その途端、陽子が睨み付けた。


「ダメ。私の翼よ」
陽子が悪戯っぽく言いながら、節子を押しのけ翼を抱き締めた。


「お母さん。幾ら翼が可愛いって言っても、私から奪わないでね」
本当は……
節子の気持ちは痛いほど解った。

翼が可愛くて仕方ないのだ。

でも節子は舌を出した。


「イヤだね。だって翼君は私の大事な息子だからね」
節子も悪戯っぽく言った。




 二人は耳を澄ませた。
すすり泣く声が聞こえていた。


それは翼だった。


「お母さんが私から翼を奪うから……」
照れ隠しなのか、陽子が節子を諌めた。


「違うんだ……」
翼は今度は号泣した。


「嬉しいんだ……嬉しいんだよ。だってこんなこと初めてだから……」

翼の声がフェードアウトする。


陽子がもう一度翼を抱き締める。
節子はそんな陽子毎翼を抱き締めた。

幸せな一時が流れる。
翼は優し過ぎる家族愛に酔っていた。
何時までこの幸せが続くことを願いながら。




 「あれっ、お母さん。これ、つとっこ?」

陽子の甲高い声に驚きながら、節子は頷いた。

つとっことは大滝地方の名物で、栃の葉っぱの中に赤飯を入れて蒸したような食べ物だった。

栃の葉っぱ版チマキとでも言うような素朴な味だった。


「もしかしたら、私達が来ること知ってた?」


「え、何故?」

翼が不思議そうに聞く。


「つとっこって言うのはね。前の日に餅米を浸したりして、準備が大変なの」


「えっ、そんなにしてまで僕を……」

翼は感激して泣いていた。


「ま、以心伝心よ」

節子は本当のことが言えずに、愛想笑いをして誤魔化していた。




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