殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 二十歳近くまで恋知らずだった陽子に突然訪れた奇跡。

それは翼と陽子、二人の軌跡でもあったのだ。


弟に中川の家を継がせるために、横瀬で職場を探した陽子。
でも、忍と純子のコネは使いたくなかった。

二人は町役場に勤めていたから、それ故雇ってもらったと言われたくなかったのだ。

あくまでも木村陽子として、就職活動で掴んだ内定だったのだ。


(これで翼と一緒に居られる)
陽子は喜んだ。

でも保育士の仕事は思ってた以上に大変だったのだ。


保育園で陽子が一番苦労したのは正座だった。

無邪気に動き回っている子供を、足に引っ掛けて転ばせなくするためだった。

でも、これがキツい。
すぐに痺れる。
スネも痛くなる。
座布団で転ぶ事も考えられるので、床に直に座わるからだった。


そんな辛さに耐えれたのは翼を養っていきたいと言う思いだった。

自分の力だけで、穏やかに生活して行きたかった。
でも今、果たして出来ているだろうか?

陽子は時々不安に駆られていた。


翼を大学に入れたい。
陽子は強く思い、堀内家全員の夢を味方に付けた。

確かに勝は『出来ることなら翼を大学に入れてあげたいと』常に陽子には言っていた。

だから、そのための資金も用意してくれていたのだ。
でもだからって、本当にそれのお金を使ってしまって良いのだろうか?

陽子は甘える一方の自分を悔いていた。
でも何も出来ない現実に突き当たって、流されるままになっていたのだ。


(翼のご両親に何て言おう)


『生活はどうするんだ!? 第一卒業後の進路も決まっていないじゃないか!!』

翼の父はまだ息巻いていた。


(あれはきっと、私への面当て?)

今はそう思えた。


『私が……横瀬の保育園から内定を戴きましたから』

だから私は嘘を言ったのだ。


内定もまだ出ていないのに……

だから余計、就活に力を入れたのだった。


意地だったのかも知れない。
だけど陽子はこれで良いと思っていた。
是が非でも翼を救いたかたったのだ。
例え翼がどんなに母を愛していたとしても……




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