殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 「お姉さんいる?」
陽子はキッチンにいるはずの純子に大声で言った。


「此処の家の者は今留守にしてますが」
応対に出たのは翼だった。


翼は、玄関にいる陽子が眩しくて思わず目を閉じた。

陽子の美しさに目を奪われた。
それもあった。
でも本当の理由は陽子の後ろにあった。

太陽の光で陽子が輝いていたのだ。

それは正に後光。
翼は陽子の圧倒的な存在感で動けなくなっていた。


「あっ、君は翔(しょう)君だったっけ?」


「いえ、翼です」
そっけなく言う翼。
それが精一杯だった。

翼は取り乱した自分の姿を玄関にある鏡で確認しながら、必死につくろうとしていた。




 陽子は頭を下げながら謝った。


「結婚式の時、おば様翔君の自慢話ばかりしていたでしょう? 印象が」


「何時ものことですから」
翼は、努めて平然とした態度を取ってはいたが、内心ではドキドキが止まらなかった。


それは陽子にも伝わっていた。


(ヤバい……私ったら何てことを……)

陽子は翼の動揺は自分が名前を間違えたからだと思っていた。


(なんで間違えたのだろう? 何時もおじ様の所に遊びに来るのは翼君だって知っているはずなのに……)

陽子は恐縮しながら翼を見ていた。




 陽子はハッとしていた。

翼の祖父の堀内勝か(ほりうちまさる)ら、噂は聞いていた。


母親に愛されていないこと。

自分達に気を使って、それを隠していること。


でもその翼が誰よりも母親である薫を愛していることなどを。


堀内家の人々はその事実を知らないことにした。


翼が負担に思い、この家に来なくなるのを恐れていたからだった。
翼の居場所が無くなったら……
それを何時も危惧していたからだった。


翼を翔と呼び違えた陽子。


これ以上の屈辱はないかも知らないが、陽子も口を塞ぐことにした。




 翼もハッとしていた。

逆光で見えなかった陽子の本当の輪郭に気付いたからだった。

美しく整った顔。

憂いのある眼差し。


胸がドキッとなった。

鼓動が物凄く激しくなる。

翼は陽子の美しさに我を忘れていた。


(うわっー!? ヤバい! わぁー!? 一体何なんだよ!! ヤバいよ……こんな感覚初めてだ!)


翼は居たたまれなくなって顔を背けた。




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