殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 熊谷駅に降り立った二人は階段を上り、突き当たりを右に折れた。
飲食店や土産物店の間を真っ直ぐ進み、左に行くと階段がある。

下りきった所の頭上には暑さ対策の霧噴射機。


「これが噂の『熱いぞ!熊谷』を冷やす霧シャワーね」
陽子は両手を広げて全身に浴びていた。


でも翼はそのまま動こうとはしなかった。

陽子は翼が気になってそっと視線を送った。




 「陽子……、ちょっとこれ見て」

翼はさっき降りてきた階段を指差していた。

その言葉に誘われて、陽子は翼の元へ歩み寄った。


「わぁ、凄い!!」

其処には、階段のサンの部分に描かれた爽やかな絵が描かれていたのだ。

もう霧のシャワーどころではなくなった。


思わず『わぁ、凄い!!』と言った。
でも陽子は事前に知っていた。
でも、その時とは絵が違っていたのだ。
だから、遂言ってしまったのだった。


数年前訪れた時には階段に鯉が泳いでいた。
その後、大樹の横で涼む少女の絵に変わっていた。
だから、暫くはあのままで行くのだと思っていたのだった。


「あの霧のシャワーは肌から、これは目から涼んでもらおうとする熊谷の人の心遣いね」


「うん。きっとそうだ。でも凄い発想だね」

翼と陽子はしばらくそこから離れることが出来ないでいた。




 午後四時。
陽射しはまだ暑い。
それでも二人は星川に向かって歩き始めた。

熊谷駅のバス停横を左に行く。
一つ目の門を右へ行き、ぶつかった通りを左に行く。
暫く行くと乙女の像のある交差点。
二人は星川脇の植え込みの中にある小道を歩いた。


陽子は乙女の像の広場が灯籠流しの会場だと思っていた。
だから熊谷駅方面から歩き出したのだった。


盆踊り会場のようなやぐらの向こうに、もう一つの乙女の像があった。
それが灯籠流し会場の戦火の乙女の像だった。


その手前の川面に架かる飛び石の橋渡し。
此処より星川の灯籠流しが始まる。




 戦火の乙女の像の前で手を合わせた。

途中で見た立て看板には、道路封鎖の案内があった。
六時から九時までだった。


「つまり、灯籠流しは六時からだってことか?」


「良かった。意外と早く帰れるかもね」

その言葉を受けて、翼は腕のダイバーウォッチを見た。


「そろそろ新しい買わなくちゃね」


「そんな贅沢言えないよ」

受験勉強させてもらっているだけでも有難いのに、それ以上の負担はかけられないと翼は思っていたのだった。







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