殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 翼は放課後何時も祖父の家に入り浸っていた。

部活は帰宅部。
つまり、何処にも所属していない。
そのためクラスメートにはがり勉だと思われていた。
翼はクラスの中では成績優秀な生徒だったのだ。


それにはこんな理由があった。
この堀内家が翼にとっての塾だったのだ。

翔は有名な私塾に通わせているのに、翼はそのまま放って置かれていたからだった。

見かねた勝が乗り出したのだ。

だから、放課後は此処へ来て勉強していたのだった。
そして土日は忍。

翼の学力と知識はこのようにして構築されていったのだった。

その上……
大好きな祖父とのたわいもない会話が、荒んだ心を癒やしてくれていた。


でもその祖父は今、大病を患って入院していた。
それでも癖で寄ってしまっていたのだった。




 でも今日は日曜日。
忍も純子も居ないなんてことは滅多にないことだったのだ。

その原因は翼にあった。
翼の顔を見た純子が、留守番を任せて買い物に出たからだった。
翼はそれほど堀内家に溶け込んでいたのだった。

家族同様の扱い。
まさにそれだった。


「お義兄さんね、何時も言ってるのよ。本当は翼君の方が頭が良いって。じゃ又来るってお姉さんに言っておいて」
陽子は手を振って帰っていく。


(あ……ヤバい!)

何がヤバいのか解らない。
でもこのまま帰られてはいけないと思った。


(せっかく訪ねて来てくれたのに。何とかしなくちゃ)

翼は陽子の後ろ姿を見ているうちに堪らなくなっていた。




 胸の高まりは増す一方で、翼はなすすべもなくただ呆然としていた。

慌てふためいていた。

突然の感情にうろたえていた。
翼は陽子をまともに見ることさえ出来なくなっていたのだった。

その思いが何なのか……

翼には知るすべもない。

ただ…
…取り乱していることだけは承知していた。


(ダメだ!! やっぱりこのままじゃダメだ!!)
翼はようやく、取るべき態度を決めていた。


翼は慌てて陽子を追いかけた。


「叔母さんに叱られます。上がって待ってて下さい」
翼の口からつい出た言葉。


その一言がカチンときた陽子。


「翔君。じゃなかった、翼君! 私のお姉さんに対しておばさんはないんじゃないの!!」
陽子思わず声を荒げた。




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