殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 「お前、東大合格したんだってな」

翔が又訪ねて来た。
でも不意打ちを食らったように、翼は唖然としていた。


全く予想だにしなかった。
翼はそれほど、翔のことなど眼中になかったのだ。

翼の頭の中は、憎くて仕方ない孝の殺害方法で占められていたのだった。


「陽子さんのためか?」

その質問を、自分が東大に入ったことだと思って翼は頷いた。


「何時も僕を励まし、勇気付けてくれたから」
翼は素直に、陽子に対する感謝の気持ちを口にしていた。


「知ってるか?親父の暗示」
翔は急に話題を変えた。


「分かったんだろう?陽子さんと関係を持ったってこと」
翔はワザと大きな声で言った。




 「汚い奴だよ、親父って奴は。狙った獲物は例え息子の嫁でも物にする。その上分からないようにしておきながら、下着一枚外しておく」


「誰に聞いた!?」
翼がよろめき立つ。


「分かっているさ!」
翔は翼に挑戦するように言い放った。


「たまたま親父が出て来るのを見て、様子がおかしかったから中に入って見た」


「何っ!?」

翼は翔に詰め寄った。


「親父の奴、やることだけやったら怖くなったんだろう。衣服の乱れを直した。でもそれじゃ面白くないと一枚下着を外しておいたと言っていた」


「聞いたのか?」

翔は頷いた。


でも本当は翔は聞いていなかった。
全て翼を陥れる手段だったのだ。




 翔は家の中のカーテン越しに陽子を見ていた。

翼は青ざめた。
もし翔が、一月四日の夜に起こった出来事を話したら……

陽子はきっと……
きっと陽子は、自分以上に深傷を負う。

そうなることは翼には痛いほど解っていた。


「やめろー!!」
翼は翔を止めようと思わず立ちはだかった。


翼の大きな声に陽子は反応した。

急いで庭に出てみた。


「翼どうしたの? 誰と話していたの?」




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