殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 突然の陽子の出現に翼は驚き、慌てて周りを見た。


何処にも翔は居なかった。


「あれっ、確かに翔が居たんだけど」
翼は頭を抱えた。


でも翼は、それで良かったと思った。

きっと翔は、陽子の姿を見て逃げ出したのだろう。

翼はそう思い込んでいた。


翼は自信を無くしていた。

精神に異常を来していた。


時々自分が誰なのか判らなくなる。

暗闇の中で何時もさ迷っていたのだ。

翼の精神はボロボロになっていたのだった。




 忍のステーションワゴンが国道140号を走っていた。

その車の中には、陽子の運転で中川に向かう翼の姿があった。

翼の東京大学合格を陽子の実家で祝うためだった。


実家に着く少し手前、陽子は急に車を止めた。


「どうしたの?」

翼は陽子の顔を覗き込む。

いきなりキスをする陽子。


「怖いの」
陽子は泣き出した。


「赤ちゃんの事、何て言ったら」


「何言ってるの。赤ちゃんが出来たよ。それだけでいいんじゃない」
翼は陽子が気付いたことをまだ知らなかった。

陽子をこれ以上傷つけたくなかった。

例えお腹の中にいる子供の親が孝だったとしても、自分の子供として育てよう。翼はそう決めていた。




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