殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 実家には親戚が集まっていた。

翼の合格を褒め称える陽子の父・貞夫。

陽子の妊娠を報告する陽子の母・節子。
めでたい事が二重になり、会場はヒートアップしていた。


午後零時より午後三時まで、二人は確かに善意の人々の輪の中にいた。
これが後に起きる事件のアリバイとなったのだった。


その日。
翼は節子にプレゼントをした。

それは小型録音機だった。

手取り足取り使い方を教える翼。


「使い古しでごめんねお母さん」
翼のその言葉で遂に泣き出した節子。


「あんたは私の自慢の息子だよ」
節子の言葉に翼も泣いていた。




 帰りの車の中で陽子は、孝が本当の父親かも知れないことを報告していた。


「何言ってるの? そんなことある分けがない!」


「ごめんね翼。私気付いてしまったの。翼が狂ったように私を抱いた夜のこと。あの少し前お義父さん家に来て、持って来たケーキを食べたら眠くなったってこと」




 浦山ダムの見える橋の近くで陽子は車を止めた。

ある有名な旅館の看板の近くで、其処には少し空き地があったからだ。


フラフラと橋の上を歩いて行く陽子。

翼は後を追いかけた。


「私怖い! この子が翼の子供じゃないような気がして」
陽子は激しく自分のお腹を叩いた。


「何するんだ陽子!」
翼は陽子の手を止めた。


「こんな子流れてしまえばいい!」
陽子は泣き叫んだ。




 「馬鹿! この子は僕の子だ! 僕達の子だ!」

翼は陽子の唇を自分の唇で塞いだ。


「僕が父親だ!!」
翼は狂ったように陽子を抱き締めていた。


今にも身を投げ出し兼ねない陽子。

必死で諭す翼。

やっとの思いで車に戻った翼は激しい愛を陽子にぶつける。


「そんなに流したいなら僕が流してやる! もしそれで流れなかったら、それは僕の子供だってことだ」

陽子を救おうとして、沿道に面した小さな駐車場で翼は陽子を激しく愛した。

陽子の胎児が誰の子でも良くなった。
それより陽子を守りたかった。
そのために……
陽子を抱き締めた。
それが、翼のたどり着いた愛すると言うことだったのだ。


翼の激しい愛が陽子の体に突き刺ささった。

でも陽子は悟った。

あの日……
睡眠薬入りケーキを食べた後で何があったのかを。




< 123 / 174 >

この作品をシェア

pagetop