殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 「此処できっと殺されたんだ。死亡推定時間からみても間違いない」
駐車場で翔が言う。


「車にシートを敷いてカーペット……」


「ふふ、馬鹿ね」

陽子は翔の無鉄砲な推理を否定した。


「御両親共、自ら車に乗ってくれたなら犯行は可能だけど」


「殺されるって分かっていてそれはないな」
翔は腕を組んだ。


「何かあるはずだ。きっと此処だよ。絶対此処なんだよ。電気製品で体を暖めていないんだから」

翔は独り言を言い始めた。


「一体どうやって殺したんだよ」
不気味な目で陽子をじっと見つめてる翔。


――ゾック!?

陽子は震え上がった。
それは入試の合格発表の時と同じ感覚だった。
でも平気な顔を装った。
それが精一杯だった。


でも翔は動じない陽子の態度を見て、此処が殺人現場ではないと感じたらしかった。


翔は本当は知っていた。

両親を殺したのは自分だと言うことを。

それなのに、殺害方法もその現場さえも解らなかったのだ。


でも、どうしても翼を犯人に仕立て上げなければならなかった。

摩耶を殺人者の妻にしないためだったのだ。


翼は翔になる時に摩耶にも睡眠薬を飲ませていた。

そのために摩耶は熟睡してしまったのだった。


翼と翔。
同一の体でありながら、精神は全く別の人格だったのだ。




 二人は武州中川駅に向かった。

陽子の実家の駐車場が殺人現場ではないと感じた翔。

でもあのステーションワゴンなら可能だと思った。

だから此処へきたのに……

翼と陽子のアリバイ。
此処に確かに居たから証明された。
だから彼処で殺害したと思ったのだった。


追求を諦めて、もう一つの目的を果たすためだった。




 三峰口到着をカメラに収めようとするためなのか?


三脚は既に用意して席に座っている人達が大勢いた。


「これもSLの撮影をするためか?」
又腕を組む翔。


武州日野・白久・三峰口。
電車は否が応でも陽子を運ぶ。


その先に何が待ち構えているのか。
陽子はその答えを知るのがとてつもなく怖かった。

それでも翔と、其処に住むであろう翼を陽子は見つめ続けた。




 あの日間に合わなかったバスに乗る。
その車窓に映る景色は、懐かしい故郷の香りがした。
そして嫌がおうでも、陽子は翔との決着の場へと運ばれて行くのだった。




< 145 / 174 >

この作品をシェア

pagetop