殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 でも記憶はそれだけに留まらなかった。

陽子がこの橋が苦手な本当の理由は、物心が着いた頃まで遡った。


所謂橋飛び……。
自殺だった。


ロープウェイ大輪駅から降りて来た男女が喧嘩をしていた。

往く時は、店の隅にいた陽子の頭を撫でてくれた女性だった。

だから陽子は又撫でて貰おうと思っていた。


そんな陽子の前で、突然荒川に飛び込んだ女性。

陽子はそれを目撃してしまったのだった。


ぼんやりとした記憶が、今鮮明に蘇る。


陽子は橋の上でワナワナと震えだした。


それでも陽子は此処で負ける訳にはいかなかった。
翼のために気持ちを奮い立たせる。


何故三峰神社に二人で行くことを躊躇ったのか?
原因はこれだった。

三峰神社参拝の後喧嘩した男女。

そしてそれにより引き起こされた悲劇。
陽子は知らずに噂と重ね合わせいたのだった。


(母は夫婦円満の象徴だと言った夫婦神。だから私は履き違えていたのかも知れない……)

陽子は自分を納得させるようとしてもう一度翔を見つめた。




 翔の心の中で、幾つもの人格が折り重なるように存在しているのが解る。

きっと亡くなった、薫と名乗らざるを得なかった香の魂でさえも翔は受け入れだのだろう。

多重人格。


いや、元々翔は二重人格だったのだろう。


母親を愛する余り憎んだ。

自分ではどうすることも出来ない葛藤を翼を恨むことで回避させていたのではないだろうか?


それが、二重三重にもなって心も体も憑依される。

あがけばあがくほど深みにハマる。


「可哀想な人」
陽子はもがき苦しむ翔の内面を見つめていた。




 翔は本当は優しい子供だった。
翼の痛みを自分の痛みとするような。


そんな中……
あのオルゴール事件が起こる。
自分の初恋の相手が、こともあろうに翼を好きになったのだ。




 派手好きな母が、翔のために企画したバースデーパーティー。

誕生日の一緒の翼も形だけ出席していた。


そうしないと、翼を蔑ろにしていることがバレるからに他ならない。

たったそれだけの理由だった。


その時……
クラスメートが翼に渡したオルゴール。


みんなが帰った後、すぐに母が取り上げた。

翔の物にするために。

本当は欲しくもなかった。
壊れてしまえばいい。
そう思った。



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