殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 でも……
その時翔の中に別な人格が現れる。

翼を憎む、あの柿の実事件を引き起こす人格が。


優しい翔は、翼を何時も心配していた。
だから、憎むことなど出来なかったのだ。

翔は翼を意識し過ぎて、自分が翼だったらと考えたのだった。

耐えられないと思った。
だから翼を偉いと思ったのだ。

それでも……
何時かは母が翼の方を向くのではないかと心配した。

その時……
翔の心は変化したのだ。

母の傍に居たい。
翼に盗られたくない。
そんな理由で、悪魔を住まわせてしまったのだ。




 柿を盗った時……
快感を覚えた。
スリルを感じて興奮した。


でも怖くなった。
母に悲しい思いをさせてしまうと思って……

だから翼が叩かれているのを見て、助かったと思ったのだ。


その時、自分の罪で翼が裁かれるのを平気でみている自分に気付いた。

そして……
翼に対する優しさは消えていた。


母親の異常な行動で、翼との隔たりを感じた翔。
それ故に翼を心配した。

でもいくら頑張ったとしても、翼の成績にはかなわなかった。

有名私塾に通っている自分が、何もしていない翼に負けたのだ。

次第に翔は翼を憎むようになっていった。




 そんな中に現れた別人格。

解離性同一性症。
所謂多重人格の始まりだった。


翔はその心の病の中で翼を作り上げてしまったのだった。


翼もその別人格を自分だと勘違いしてしまっていたのだ。


同じ部屋で同時刻に誕生した異母兄弟の偽装双子。
翼と翔は同じ運命を背負っていたのかも知れない。


翔は本来の自分では憎めない翼を、別な人格でこけおろしたのだった。


それは翔の優しさだった。

母の翼を卑下した態度は、翔の心を蝕んでいた。

傷みが伝わり耐えられなくなった翔は、もう一人の自分を誕生させてしまったのだった。

翔はそれほど慈愛に満ちた子供だったのだ。


麻耶が感じた翔の優しさ。
それが本来の人格だった。

母親が翼を憎んだように、自分も憎まなければいけない。
母親思いの翔が出した答えだった。


だから……
別な人格に、その役を押し付けたのだった。
母を愛するあまりに……

愛する母を翼に盗られたくないがために。


でも翔は知らない。
その部分に翼が憑依してしまったことを。

翼は翔が産み出した人格を自分のいる場所だと思い込んでしまったのだった。

そしてその主人格を乗っ取てしまったのだ。


翔は翼になったのだ。




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