殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 だからあれこれと画策したのだった。

何とかして、陽子を手に入れたくて。




 でも薫は気付いていなかった。

あの、翔の部屋に置いてあった姿見が全ての始まりだったことを。


翔は翼を演じていた。
それが母を救う手だとただひたすら信じて。

でも翼の精神は翔の体の中で生きていた。
翼は自分が死んだとは気付いていなかったのだ。


翔が姿見を見た時、翼は覚醒したのだった。


愛する人の傍に居たいがために……

勝に甘えたかった……


そう、初めは自分の唯一の理解者、祖父への愛だったのだ。

翔はその大半を翼として生きてきた。

翼は一つしかない肉体の主人核を翔から奪い、自分の物としたのだった。

それは偏に薫に愛されたいと願った末にたどり着いた翼の切ない生き様だった。

翼は気付かずに……
ただひたすら愛を求めただけだったのだ。


だから翔は去年は東大に合格出来なかったのだ。

翔は翼として生きていたのだから、入試以前のセンター試験さえも受けることは出来なかったのだ。

ただ翼の記憶の中に、薫が積極的に東大受験をおし進めてきたことは認識していた。
だから、白いチューリップの咲く庭での会話が脳裏の中で成立したのだった。

あの花を薫が大好きだということを兄弟なら知っていて当然なのだから。




 新婚旅行から帰って来た翔は決意した。

摩耶のために翼を抹殺しようと。


摩耶への愛の証のために……

それはやっと……
翼の死と、自分への憑依を理解したから始まったことだった。




 自分の体の中に居座り続ける翼を撲滅させようと翼の遺体を探し回った翔。

その時、心の奥で翼が震えているのを感じた。

怖くては震えているのか?

それとも寒くて?


そして、休業中のカフェの冷蔵庫に目が行った。

冷蔵庫の中には、ミルクなどでいっぱいだった。

そして、その奥の扉を開ける。

其処はサンプルとコーヒー豆をを保管するためのスペースだった。

万が一、食中毒でも起こった場合に保健所に提出するために冷凍保存しておくのだ。

それとコーヒー豆は、冷凍しておいた方が味の変化が少ないと聞いたためだった。


その奥の奥にひっそりと置かれていたダンボール。
それが翼の墓場だった。

翼はその中に押し込められていたのだった。


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