殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 「僕、さっきまで留守番していたから……あのうー、叔母さんの妹と言う人に逢ったんだ」

翼は少ししどろもどろになっていた。

そんな翼の様子を見て、勝は少しニンマリしたようだった。


「陽子さんに逢ったのか?」
勝はわざとそう言った。


「どうだ。綺麗な人だったろう?」


「……」
翼は言葉を失った。

勝はそんな翼の態度を思いはかっていた。


本当は陽子のことを聞きたくて仕方ないはずなのに。


「どうした? 何かあったのか?」

敢えて聞いてみた勝。

本当は自分の心を受け取って欲しかったのだ。

でもどうしても笑ってしまう勝だった。


「あの子はいい子だよ。純子さんに負けず劣らず、素直で利発で」

勝が陽子の褒めるのを聞きながら、翼は陽子の整った輪郭を思い出していた。


又、ドキッとなった。

翼は勝から顔を背けた。


(お祖父ちゃん、僕の思いに気付いたのだろうか?)

翼は勝の顔もまともに見られなくなっていた。




 「お義父さん、具合はどう?」
突然、純子が病室に入ってきた。
その後ろに陽子。
翼を見て、恥ずかしそうに俯いた。


――ドキッーン!!

翼の心は千千と乱れた。


「おじ様久しぶりです」
頭を下げる陽子。


又、棒立ちになった。

動揺を止める術もなく陽子を見つめる翼。


「はい、これ忘れ物」
そう言いながら、陽子は翼に教科書を渡す。


「あっ!」
驚く翼。


「机の上を見てびっくりしたわよ。何時もこんなことなかったから」

純子の言葉に、ただ頭を掻く翼。


「ごめん。お祖父ちゃんまた来るね」
と言いながら病室を後にした。


教科書を忘れたのには訳があった。

陽子の美しさに見とれて、舞い上がってしまったのだった。

翼は陽子に一目惚れしてしまったのだ。




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