殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 陽子も翼のことが気になっていた。


さっき純子は翼を優しい子だと言った。

それは勝からも聞いていた。
母を気遣い、波風を立てないように暮らしていると言う。
でもそれはかなりのストレスになるはずだと思っていたのだ。
だから実際に接してみて、その人柄に惹かれたのだ。


純子も翼を信頼しているからこそ留守を任せられるのだと思えた。


電車に揺られながら、翼のことばかり考えていた陽子。

気付いたら、終点まで乗っていた。


秩父鉄道三峰口駅。

陽子は何時も此処からバスに乗って帰っていた。

家は三峰神社行きのロープウェイ入口の近くで、土産物店を経営していた。

そのロープウェイの正式な廃止が決定し、建物も取り壊された。

それでも、表参道である登山道は健在だっけ。
だから暫くは営業してはいたのだが……


平成十年四月二十三日。

山梨県と結ぶ、雁坂トンネルが開通した。

それによって、かって賑わっていた場所が寂れて行ったのだった。


だから遂に店を畳み、武州中川駅の近くに引っ越してきたのだった。




 うっかりしていた。
陽子は翼のことばかり考えていた。

胸のトキメキを抑えられずに、四苦八苦していた。


改札口で定期を確認して、やっと間違えに気付いた陽子は慌てて駅に戻った。
でもその時には電車は出てしまった後だった。


三峰口は、終点であって始発駅でもあった。

下り電車が折り返し上り電車になって、陽子の視線から消えて行く。


「やっちまったな!」
陽子は照れをギャグでかました。

秩父鉄道は本数が少なく、まして武州中川駅には急行列車は止まらない。

次の発車時間まではまだかなりの時間があった。


仕方なくベンチに座った。

突然、思い出し笑いをする。
教科書を渡された時の翼の顔が余りにも面白かった。

陽子は気付かない内に翼を意識し始めていた。


三峰口駅のホームから見えるSLの転車場。


「いつか翼君と乗ってみたいな」


(えっ!)

独り言に自分で驚く。


(同情? 違うよね? まさか初恋!?)


陽子は自分で出した答えに自分で驚いていた。




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