殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 それには訳があった。

陽子は今まで誰も好きになったことがなかったのだ。

自分の一生は、幼稚園の子供と遊んで終わる。

そう思っていた。


(そうよね。だから保育科を専攻したのよね。それがこんなにトキメイて)


陽子がそう思った途端、全ての謎が解けたように思えていた。


(そうか!! もしかしたら、これが恋ってやつか!)

自分で出した答えにまんざらでもないような顔をしながら空を見上げた。

夕暮れが迫って、鰯雲に紅を降り注ぐ。

陽子はその美しさに見取れていた。


陽子は、翼と出逢えたことを感謝せずにいられなくなった。


「ありがとう、姉さん。ありがとう、義兄さん」

空に向かって声を掛けた。


空では白鷺が夕焼けに染まりながら優雅に羽ばたいている。


「あの白鷺には、私は幸せそうに映っているのだろうか?」

陽子はずっと白鷺を目で追いながら、翼に今の自分の気持ちを素直に伝えたいと思っていた。


『あの子は優しいの。でも……』
ふと、さっきの純子の言葉が脳裏を過った。

陽子の心に温かい物が溢れ出したのはあの後だった。


純子は翼の多くを語らなかった。
それでも陽子はそれが翼への愛情だと思えた。
純子の言うところの家族愛なのだと感じていたのだった。




 (でも不思議ねー。今までどうして逢えなかったのかしら?)
陽子は陽子なりに考えた。でも思い浮かばなかった。


(おかしいよ。何時もお姉さんに会いに行っていたのに……)

答えは出ない。


(始まりってそう言うもんなのかな?)

陽子はもう一度空を見上げる。
其処は何時の間にか一面の夕焼けに染まっていた。




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