殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 「年寄り扱いする気ね」
冗談っぽく陽子が言うと、翼は首を振った。


「僕の大切な宝物を守るためだよ」


翼は再度エスコートする仕草をした。
陽子は今度は微笑みながらそれに従った。


陽子と翼は西武秩父の長い階段を、二人だけの時間を楽しむようにゆっくりと登って行った。


「ねぇー。やっぱりその荷物持つよ」」

翼が気を遣い言う。
でも陽子は首を縦には振らなかった。


でも反対側のホームで失敗したと落ち込んだ。

其方側には、エスカレーターは設置されていなかったのだ。


(翼助けて!)

陽子は悲鳴を上げたくなっていた。
それほど荷物は重たかったのだ。




 切り丸太の曲がり角。

自然に生えてきた植物を見ながら、楽しそうな陽子。

そんな陽子を見つめる翼。

会話は無くても、二人は心を交わし合った。


「此処、もうちょっと整理すると良いね」

たまりかねた翼が思い切って口を開く。


「ううん、此処はこのままの方がいい」

思いがけない陽子の言葉。

翼は陽子を見つめた。


「だって今日のこと、この場所が覚えていてくれる気がする」

陽子はそう言いながら、翼を見つめ返した。


愛すると言う感情は持っていた。
親兄弟への愛だったり、クラスメートへの友情だったりは。

でも姉のように、一人の男性を激しく愛する感情が持てなかった。

陽子は姉に嫉妬していたのだった。

迷惑を承知で姉夫婦の元へ足繁く通ったのは、少しでも恋愛の極意を知りたかったからだった。


陽子は翼を見つめながら、やっと訪れた愛に陶酔していた。




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