殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 陽子の魅力に取り憑かれ、翼はうろたえていた。

小刻みに震える手を庇いながら、六角堂横の木にみくじを結ぼうとしていた。

翼は緊張しながらも、愛する喜びに溢れていた。

でも陽子に察しられたくなかった。
こんなにも一途になれた自分が急に恥ずかしくなったからだった。


「記念にするから頂戴」

でも……、陽子はそう言いながら、それを横取りした。


「あ、あーん、それ僕んだよ」

翼はその場で地団駄を踏んでいた。

実は翼は気付いていた。
だからワザとふざけるような態度をとったのだ。


みくじをしっかりたたみ赤い筒の中に戻してから、バッグから取り出した緑色のコインパースに入れた。

翼との二つ目の記念品となった。
一つ目は西武秩父駅で買った切符だった。

駅員に記念にする旨を話して了解してもらっていたのだった。


(翼……
産まれて来てくれてありがとう)

陽子は素直に翼と出逢えた奇跡と軌跡に感謝した。




 空を白鷺が飛んでいる。

陽子はふと、三峰口駅で見た夕焼けを思い出した。
初めての恋心に揺れたあの日。
だから今傍に翼が居ること事態が奇跡なのだと思っていた。


翼も同じ鳥を眺めていた。


「僕にも翼があったらな」
感慨深げに翼が言う。


飛べない翼。
名前だけの翼。


「きっと翔が飛び立つための名前だと思う。翔はきっとさっきの白鷺のように、僕のことを俯瞰しているのだろう」

精一杯背伸びして翼が大人びたことを言う。

俯瞰(ふかん)とは、鳥が上空から下界を見下ろす意味だった。


陽子は自分のために無理をしているのではないかと心配していた。


(翔さんてどんな人なんだろう?)

考えても解らない。

そう、陽子はまだ翔には会っていない。
どんな人物なのか思いはかっても、判るはずも無かったのだ。


(でも何故? 何故翔さんのことばかり言うのだろう?)

陽子は純子と忍の結婚式で、翔の話ばかり耳にした。

翔は東大を目指すために中高一貫の私立校に通っていると言う。
でも翼は公立高校。

でも中学まではフリースクールだったとか。
だから見かねた勝と忍が勉強を教えていたのだった。




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