殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
  「さあ、待ってろよコミネモミジ。僕達のパワーで真っ赤に色付けでやるからな」

遂に……
翼が陽子の手を取る。

陽子はもっと顔を赤らめながら、翼を見つめた。


「コミネモミジを赤く出来るの?」


「二人なら出来るさ!」

力強く翼が言う。

陽子はそんな頼もしそうな翼を見て笑った。


「待っていろよ、コミネモミジ!」
調子づいて陽子が拳骨を天に伸ばした。
翼も遅れまいとして真似をする。

二人は笑い合いながら、ゆっくり歩き出した。




 「きっとコミネモミジも、今の陽子の顔みたいに真っ赤になるさ」
不意に立ち止まり、陽子の耳元で翼が囁く。
翼は陽子をおちょくるように、今度は足を速めた。

これが翼の考えた浅はかな悪知恵だった。


「こらーっ!」
陽子は顔を更に赤くして、翼を追い掛けた。


翼は逃げる振りをして、陽子を挑発した。
捕まえて、抱き締めて欲しかった。


不器用な翼にはそれが精一杯の甘える行為だった。
陽子もそれとなく気付き、乗った振りをして翼を追い掛けた。


どんどん愛しくなる翼。
更に燃え上がる恋の炎。

本当は重いバッグ。
でも苦にはならなかった。

陽子はこの至福の一時に益々陶酔していった。




 丁字路が現れた。
右に行くと切り丸太の丁字路。
その先の横瀬駅に通じる。


左に行くと、多分秩父札所八番西善寺。

でも其処は丁字路ではなかった。


今来た道のV字の形にもう一つの道があった。


「この道がさっきの工場へ続くのねきっと」

その道に目をやりながら陽子は、駅に続く道を反対に行く。


「この道は真っ直ぐコミネモミジのお寺に続いるのかな?」

陽子は少し辛そうだった。


「やっぱり持つよ」

見かねて翼がバッグに手を掛ける。
陽子は慌てて、その手を払った。


「ありがとう翼。でも大丈夫よ」
陽子は笑った。

翼は陽子の気持ちを察し、そっとバッグから手を外した。


< 33 / 174 >

この作品をシェア

pagetop