殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 でも翼は神妙だった。

墓石中にある、無縁仏の墓らしき建物。
翼は思わず合掌していた。

四角いお墓。
その上には涅槃像。


「わー初めて見た。お釈迦様もきっと疲れるのね」


「そうかも知れないな」

翼はコミネモミジを見ながら言った。


「もしかしたらこの木も守っているのかな?」


「そうかも知れないね」

言ってしまってから陽子は笑い出した。


「真似してないからね!」

その言葉で翼も気付き、一緒に笑い出した。


でも陽子は気付いていた。
翼の心が泣いていることに。


涅槃……
お釈迦様の最期の姿。

そんなお釈迦様を頼って翼は泣いている。
それが何なのか、陽子は知るよしもなかった。

ただ翼を見守る位しか陽子には出来ない。

そう……
此処は物見遊山禁止のお寺だったから。




 コミネモミジの寺を出て脇の坂道を下る。

暫くいくと高架橋が見えた。

途端に二人は元気に走り出した。


「やっぱりこっちで良かったのよ」
陽子が得意そうに言う。

翼はそんな陽子を笑いながら見ていた。




 比較的大きな通りに出た二人は迷っていた。
前には店があり、その横に道があったからだった。

冒険に少し懲りた二人。
結局左に曲がることにした。

でもその道は予想もつかない場所だった。


今度はもっと大きな通りに出くわした。
それは紛れもなく、国道299だった。


右に曲がると直ぐ橋があった。
それこそ、二人が描いていた横瀬川だった。


「何時国道を追い抜いたのだろう?」
西善寺は国道より西に位置していたはずだった。
でも出くわした道はそれの東。

考えても考えても答えは出て来なかった。


「ザ・陽子マジック!」

太陽に向かって拳を突き上げる陽子。
翼が目を白黒させる。
そして翼も後に続くように拳を突き上げた。




 二人は気付かなかった。
通り過ぎた頭上に高架橋があったことに。
それが国道299号だったのだ。


国道には、松枝から西部秩父駅行きのにバスが運行しているはずだった。


バス停を見つけて、走り寄った陽子。

でも次のバスの到着までかなりの時間があった。

二人は又歩き出した。


何だか可笑しくなって笑う翼。

そんな翼を見て笑う陽子。

仲むつまじい国道のんびりデート。




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