殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 「横瀬川よ。やっと来たわ」

言ってからおかしいと思った。


「ねえ、さっきのも確か横瀬川だったわよね?」


「うん、そうだね〜?」


「どーなってるの!?」


「さあ〜? どーなってるんだろう!?」


二人は橋の上から遥か向こうにある荒川に思いを馳せながら、この疑問を苦笑していた。


この地域で横瀬川は大きく蛇行していた。
だから二つの橋がかかっていたのだった。




 信号を幾つも渡り、坂氷バス停近くになった。

斜め左に折れると、姿の池が現れた。


「おじさまに聞いたのだけど、昔はここにボートが置いてあったんだってね。何で無くなったんだろ? あったら二人で乗るのに」

陽子は沢山歩いて疲れている筈なのに、翼と二人で居られるボートに乗りたいと本気で思っていた。




 姿の池を後にして、陽子は羊山公園へと足しを向けた。

秩父市内が一望出来る小高い丘の上。

此処は秩父夜祭りの仕掛け花火の会場だった。


陽子は迷わず、ベンチに座る。


「ゴメン。お昼忘れていたね」
そう言いながら、バッグの中からサンドウィッチとポットを出す。


翼が気になった、重たそうな陽子の荷物の中身は二人分のお弁当だったのだ。


『重そうだね。僕が持とうか?』
一応声を掛けてみた。
でも陽子は首を振った。

本当は重たかったのに……


『大事な物が入っているから、私が持つわ』
陽子はそう言いながら、とびっきりの笑顔を翼に向けた。


そんな二人の朝の会話を思い出しながら、陽子は笑っていた。




 「えっー手作り? 大丈夫か?」
でも……
翼は思わず言った。


「何よ!」
その一言につい声を荒げた陽子。

しまったと思いながら、気まずい雰囲気になる。




 沈黙の時間が流れる中、やっと事情を察した翼。


「ごめん。ホラ長い間持ち歩いただろう……」
シュンとしながら言う。


「腐ってないかってこと? 大丈夫よ。バッチリ対策してきたから」

バックの中からもう一つのバック。それは冷蔵バックだった。

サンドウィッチは大量の保冷剤でガッチリ守られていた。
だからなおのこと重かったのだ。


陽子は翼に見せ付けるようにサンドウィッチを頬張った。


「ほら、大丈夫だ」

その声を聞いて、翼は笑いながらサンドウィッチに手を伸ばした。




< 38 / 174 >

この作品をシェア

pagetop