殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 「よお翼。お前らが初詣に行くって言うから俺達も来たぞ」

いきなり背後から声が掛かった。

そこにはほろ酔い気分の翼の父孝がいた。

その後ろに母の薫がいた。


「翔は?」
翼が聞く。
その言葉に薫が一瞬躊躇ったように陽子は感じた。
思わず薫を見た陽子。


「寒いのは嫌だって」
薫は慌てて視線を翼へと向けながら言った。


「アイツらしいな」

翼は薫に笑みを振りまいていた。


陽子はそれを見て物凄く嬉しくなった。

ほんわかとした親子関係。

そんな雰囲気だったから。


(なあんだ、心配することなかったんだ)

陽子は素直にそう思った。




 「翼の彼女を紹介してもらおうと思ってさ。この娘かい? ラブラブだって言うのは?」

でも……孝の一言で場が変わる。

孝は酒に酔っているらしく、足下をふらつかせなながら二人に近づいた。


孝はワザと陽子にもたれ掛かった。

陽子は嫌々孝を支えた。


「いい娘じゃないか。翼には勿体無い。そうだ俺の女になれ。いい思いさせてやるぞ」

孝は陽子が気に入ったらしく、舐め回すように見ていた。


「あなたいい加減にして、そんなことして恥ずかしくないの? 陽子さんが困っているわ」
薫は孝の手を取って陽子から離そうとした。

孝はそんな薫を鬱陶しげに睨み付けた。

薫は仕方なく、二人から離れた。


そして遠巻きに孝の乱行を見ていた薫は、陽子に冷た視線を浴びせた。


――ゾォー!


(えっ、何? 今のが本当の姿?)

純子の結婚式で翔のことばかり言っていた薫。


(やっぱり……翼は愛されていない! 私もきっと軽蔑されている!)

その時陽子は確信した。




 薫と孝に感じた険悪感。

陽子は翼を愛したために、それとも戦わなければならなくなったのだ。

たとえ父親が誰彼構わず声を掛ける部類の女好きだとしても……
翼の家族を愛さなければ、何も進まない。
そう思っていたから。





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