殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 翼と陽子は日高家で引っ越しの準備をしていた。

三学期から堀内家から学校へ行くことになったからだった。


木村家からだと、翼の学校が遠くなる。
陽子のこの意見に節子は渋々承知したのだった。


病院に無理を言ったと言う形で退院した勝。

本当は入院して三ヶ月すると点数が付かないと言う病院側の都合だった。


でも勝は喜んだ。
年末年始を家族と過ごせるからだった。


勝は二人に自分の部屋を使わせたくて、仏間にベットを移動させた。


でも陽子は嫌がった。
勝の又帰る家、部屋だったからだ。




 日高家にある翼の部屋はガランとしていた。
勉強机と一体化したベッド意外何もなかったのだ。


生活感がまるでなく、暖かみも皆無だった。

でも此処は紛れもなく翼の城なのだ。
泣いてはいけないと思った。


それは家族に愛されていないことを肯定する。
陽子はそう感じ、必死に自分を抑えていた。




 甲斐甲斐しく陽子が働く。

それをじっと見ている人がいた。

翼の様子が知りたい薫と、陽子のことが気掛かりな孝だった。


「陽子さん、お父さんは調子いいの?」
薫が勝の様子を尋ねた。


「はい。だいぶいいようです。やはり家が一番のようです」
陽子は荷造りする手を一旦止めた。


「何も出来なくてごめんなさいね。純子さんにもよろしくお願いします」

薫はそう言って立ち上がった。

陽子には泣いているようにも思えた。


(やはり親子なんだな)

陽子は本当は優しい薫の一面を垣間見たような気持ちになっていた。


親子……
翼もだけど、勝ともれっきとした親子なのだ。

翔のことだけ考えているようであっても、薫は母であり娘だったのだ。




 「いい娘だ。やっぱり翼には勿体無い」

孝は陽子をジロジロ見ていた。


「そこで何してるの? 全く油断も隙もない」

薫は呆れ果てて、孝を追い払った。


それでも孝は陽子を見ていたいらしく、コーヒーサイフォンを抱えて戻って来た。


「これが私の趣味でしてね、お二人でどうぞ」
そう言って、テーブルに並べ孝は部屋を出て行った。

その足で孝は庭に出て片隅にしばらく佇んでいたが、薫のいる部屋へと足を運んだ。


「コーヒーでも飲まないか?」
妙に優しい孝。


「二人に刺激されたの?」
薫は笑いながらコーヒーを受け取った。




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