殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 保育士を目指し意識を高め合ってきた二人は、研修課程も終わり就活最中だったのだ。
親友だと思っていた。
だから指摘が尚更辛かったのだ。




 「違う……絶対に違う」
陽子は泣いていた。
何故泣けるのか陽子自身にも解らない。
負の遺産と言う言葉が重くのしかかっていた。




 (絶対に負の遺産なんかじゃない。だってまだ武甲山はこれからも……)
そう……
これからもまだ掘り下げられて行くのだから。




 「でもこの山は生活の糧なのよ」
陽子は遂に友人に言った。


「でもだからってこんなにして良いはずがない」
友人も引かない。




 同じ短大で、同じ夢を追っている二人。
最初に会った時から気が合った。
良く女同士は親友になれないと言う。
だから、嬉しかった。
その人の発言だから尚更辛いのだ。




 生活の糧と初めて言った陽子。
その言葉には秩父地方に生まれた者の言い訳が含まれていた。
その開発の歴史は明治時代に始まる。
武甲山は永きに渡り、暮らしを守ってきたのだった。




 何となく居辛くなった友人は、予定を早めて帰ることになった。
でもこのままでは駄目だと判断した陽子は、一緒に電車に乗ることにした。
定期券を駅員に見せてエスカレーターに乗った。




 「子供の頃はこのエスカレーターが無くてね、結構大変だったのよ」
陽子が機嫌を伺いながら話し出す。
すると友人は泣いていた。


「ごめんね。辛い思いさせたみたいだね。実はね」
友人は何故そのような話を始めたのかと言う経緯を話出した。




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